僧帽弁閉鎖不全症(逆流)-1

僧帽弁閉鎖不全症(逆流)の原因と診断~

社会の高齢化に伴って僧帽弁逆流も増加している心臓弁膜症の一つです。僧帽弁逆流の原因は 表1 に示しますように様々ですが、最も頻度が多いのは退行性病変による弁逸脱であります。僧帽弁逆流の原因疾患で多い順に挙げますと、1)退行性病変による弁逸脱、2)感染性心内膜炎、3)リウマチ性僧帽弁逆流、4)先天性その他、となりますが、心筋梗塞あるいは心筋症によって左心室の拡大、左室収縮の異常によって僧帽弁逆流を生じてくる虚血性僧帽弁逆流も心不全の原因として注目されております。
僧帽弁は図1に示しますように大きな前尖と後尖、そしてその両者をつなぐ交連部の弁尖(AC, PC)に分けられます。後尖は解剖学的位置からP1P2P3の3つに分けられ、それらに相当する前尖部分をA1A2A3と呼んでおります。交連部はAC、PCと呼んでおり、僧帽弁の構造は弁輪、弁葉、腱索、乳頭筋、左心室壁で構成されており、この構造が病気により破壊されると弁の閉鎖がうまくいかなくなり僧帽弁に逆流を生じてきます。
退行性病変、弁逸脱では弁葉と乳頭筋をつなぐ腱索が切れるか、伸びてしまって弁の閉鎖がうまくいかなくなる病気です(図2)。弁逸脱の約半数(50~60%)は後尖の逸脱であり、30~40%は前尖、前後尖両方の逸脱です。逸脱の部位と逆流の程度(重症度)は心エコー図検査によって診断ができます。
逆流が軽度あるいは中等度であれば心臓に負担はかかりませんので普通の生活をされて全く心配ありません。しかしながら、高度の逆流と診断されますと 図3 に示しますように左心室、左心房に逆流する血液量の負担(容量負荷)がかかり、左室の拡大、左室機能の低下、左心房の拡大、不整脈(心房細動)と病気が進行して、息切れなどの症状が出る頃は心臓機能の障害が進んでいて外科治療後の回復に大きな影響を与えます。この病気も日常生活での活動能力の低下を伴う症状と弁膜症の重症度は異なります。症状が出てくるまでに心機能の低下が進行しますので外科治療のタイミングが極めて重要であります。

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▲表1:僧帽弁逆流の成因

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▲図1:僧帽弁の解剖

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▲図2:僧帽弁逆流の心エコー図検査

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▲図3:僧帽弁逆流による左心室の拡大の進展

僧帽弁逆流の重症度評価

僧帽弁逆流の重症度は心エコー図検査によって逆流する血液量、逆流する血液の割合、逆流口の大きさが計測されて診断できます(表2)。表に示しますように逆流が高度(☆印)になりますと左心室、左心房に逆流血液による容量負荷を生ずるようになります。逆流が軽度あるいは中等度と診断された場合には左心房、左心室に逆流による容量負荷を生ずることはありませんので、治療の対象となることはありません。
高度逆流と診断されても病気の進行はゆっくりですから症状のない患者さんも多くみられます。心エコー図検査により高度僧帽弁逆流と診断されますと、同時に左心室、左心房の拡大、左心室機能(左心室駆出率、左心室拡張期内径、左心室収縮期内径)を計測して容量負荷の状況を診断します(図3)。
逆流の重症度と症状の重症度(NYHA機能分類)は一致しません。症状がなくても僧帽弁逆流による左心室機能低下の進行が見られることがありますので、心エコー図検査は僧帽弁逆流の重症度、治療のタイミングを判断するために必須の検査であります。

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▲表2:僧帽弁逆流の重症度評価 -心エコー図検査‐

手術適応と手術方法

僧帽弁逆流によって息切れや呼吸困難を生じた場合は利尿剤などの投薬で症状は改善しますが、長期的な成績から見て有効な内科的治療は報告されておりません。したがって、高度僧帽弁逆流の場合は外科治療のタイミングとその手術方法が大きな問題となります。
まず手術方法ですが僧帽弁の逆流を止めることを目的に、1)僧帽弁形成術、2)僧帽弁置換術に分けられます。さらに僧帽弁置換術は機械弁あるいは生体弁による人工弁置換術に分けられます。僧帽弁形成術は人工弁置換術と比べて技術的なトレーニングが必要ですが、表3に示しますように手術死亡率の低下、左心室機能の回復、手術後合併症の回避と多くの点で優れた術式であると報告されておりますので、僧帽弁逆流に対する手術方法でまず考えられるのは僧帽弁形成術であり、僧帽弁逆流の90%以上で可能であります。前任地で人工弁置換術と形成術の遠隔成績を比べたことがありますが、手術後の弁関連合併症の発生頻度が形成術により大きく改善しました(図4)。したがって現在の治療ガイドラインにも掲げてありますが、いかなる僧帽弁逆流も技術的に形成術が可能であれば形成術が推奨されるとなっております。形成術の困難な僧帽弁疾患が10%以下の患者さんでありますので、こうした場合は機械弁あるいは生体弁を用いた人工弁置換術となります。

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▲表3:僧帽弁逆流に対する形成術の優位性

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▲図4:人工弁置換術 vs. 弁形成術の遠隔成績

形成術を考慮した手術のタイミングでありますが、症状の有無、左室機能、不整脈(心房細動)の有無などについて検討して決めます。僧帽弁逆流の多くが形成できますので、手術後の左室機能が正常領域に回復し、不整脈の心配のないタイミングでの手術が望まれます。こうした観点から前任地での1000例以上の患者さんを追跡調査しました。左心室収縮期内径36~38㎜、左室駆出率65%までの心機能が良好で、不整脈のないタイミングでの僧帽弁形成術が良いと結論づけられました。
僧帽弁形成術とは逆流の原因となっている部位を切除(後尖)、人工腱索(Gore Tex糸)による腱索再建を行って逆流の部位をなくす手術です。この手術は1970年代から開始され1990年代に世界に広まりましたが、技術的なトレーニングが必要とされますので僧帽弁逆流の60%内外で行われている現況です。僧帽弁逆流に対する手術中の写真を図に示します(図5、図6)。手術中には経食道心エコー図検査法を行って、僧帽弁逆流がなくなっていることを確認して手術を終わっております。

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▲図5:僧帽弁 後尖腱索断裂による逸脱
弁逸脱の50-60%は後尖逸脱です。形成術の良い適応です。図は逸脱部位切除、縫合、リング縫着と手術の流れを示したものです。

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▲図6:僧帽弁 前尖腱索延長による逸脱
弁逸脱の30-40%は前尖逸脱です。人工腱索による腱索再建術を用いた形成術の良い適応です。図は前尖逸脱に対する人工腱索の縫着、そしてリング縫着と形成術の流れを示したものです。

手術後の遠隔成績

遠隔成績とは手術を受けられた患者さん方を追跡調査しまして、手術に関連する合併症の発生や他の病気の発症を検討した統計学的な数値です。評価項目としましては生存率、合併症回避率(血栓塞栓症、出血など)、再手術回避率であります。こうした統計学的数値から、どのタイミングでどのような患者さんに手術を勧めたらよいか判ってきます。
まず、高齢化が進んでおりますので高齢者(70歳以上)の患者さん203例を検討した結果を図7で示しますと、5%の病院死亡率、5年後の生存率85%、10年後は66%でした。すなわち平均年齢74歳ですから手術後5年79歳まで生存する確率が85%であることを表しております。肺機能、腎臓、動脈硬化などに大きな問題がなければ手術成績は安定しております。70歳未満での若年者での病院死亡はなく、僧帽弁形成術は安全な手術と考えていただいてよかろうと考えます。
図8から図10までの統計結果を説明します。図9以外は前任地での遠隔成績をまとめて発表している資料から用いております。図8は手術時の平均年齢58歳の患者さんが僧帽弁形成術を受けられたあとの遠隔期生存率でありますが、10年後の生存率は90%であることを示しております。図9に示しますのは手術前の左室機能(左室駆出率)によって手術後の生存率が大きく異なり、左室駆出率が60%までに手術を受けられたほうが良いことを示しております。また、図10では左室駆出率のみならず、心房細動、肺高血圧など僧帽弁逆流に伴う不整脈、呼吸困難が現れる前の形成術グループのほうが手術後の合併症が少ないことを表しております。僧帽弁形成術後の左室機能をみてみますと、手術前左室駆出率65%、左室収縮期内径38㎜までに形成術を受けていただくと75%の患者さんで手術後の左室機能が正常域に戻ります。一方で、左室機能の低下が見られる患者さんではでは半数の患者さんしか正常域までの改善がみられません。
僧帽弁形成術の大きな目的は、1)自己弁を温存する形成(修復)により逆流あるいは狭窄のない僧帽弁にする、2)左室機能を正常域に回復させる、3)手術後の合併症を回避する、ことであります。こうした観点から遠隔成績を検討してみますと、手術のタイミングは極めて重要で比較的早期の形成術がキーポイントであることが判ります。
もちろん、形成術は技術的トレーニングが必須でありますので、心エコー図検査を参考に形成術式の可能性、それまでの手術成績の説明を受けて手術を受けてください。

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▲図7:高齢者僧帽弁逆流に対する僧帽弁形成術の遠隔期生存率
1991-2010年、症例数:203例、平均年齢74歳(70-86歳)、男性:45%、心房細動:80例(39%)、合併手術:147例(72%)

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▲図8:僧帽弁逆流に対する形成術の遠隔期生存率
平均年齢58歳

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▲図9:僧帽弁逆流に対する形成術の遠隔期生存率 手術前の左室機能が遠隔期生存に及ぼす影響

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▲図10:僧帽弁逆流に対する形成術の遠隔期心臓イベント回避率

心臓弁膜症の治療について

頻度の多い弁膜症(大動脈弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症、大動脈弁閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不全症)について、それぞれ診断、重症度評価、手術適応、手術の方法、手術後の遠隔成績を説明します。

大動脈弁狭窄症

僧帽弁閉鎖不全症-1

僧帽弁閉鎖不全症-2

大動脈弁閉鎖不全症

三尖弁閉鎖不全症

心房細動に対する外科治療 -メイズ手術-

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