私たちが生きていく上で必要不可欠なエネルギー源として血液中のブドウ糖(血糖)があり、脳や心臓、筋肉、肝臓などに取り込まれて利用されます。
糖尿病とは、インスリンの作用不足により慢性的に血糖値が高くなる病気です。
わが国では、糖尿病患者とその予備群を合わせると約2000万人いると言われ、成人の約4人に1人の割合です。
インスリンは膵臓から分泌されるホルモンで、糖の利用を助け、血糖値のコントロールを行っています。
インスリンが働くと、肝臓からの糖の放出が抑えられたり、筋肉や脂肪への糖の取り込みが促進されたりして、血糖値が下がります。
血糖値を上げるホルモンはいくつかありますが、血糖値を下げるホルモンはインスリンだけなので、インスリン分泌不全(“出が悪い”)やインスリン抵抗性(“効きにくい”)が起こると、糖が血管内にあふれた状態となり、血糖値が上がります。
糖尿病は、1型糖尿病、2型糖尿病、その他の特定の機序・疾患によるもの、および妊娠糖尿病に分類されます。
1型糖尿病は自己免疫の機序による膵臓のβ細胞(インスリンを分泌)の破壊により絶対的なインスリン欠乏状態となり、インスリン注射が必要となります。
2型糖尿病は糖尿病全体の約95%を占め、遺伝的な要因に食べ過ぎや運動不足、肥満、喫煙、ストレスなどの生活習慣による環境因子が加わることで発症します。
2型糖尿病の治療は食事療法と運動療法を基本とし、それでも改善できない場合は薬物療法(血糖降下薬やインスリン注射)が行われます。
糖尿病の症状は口渇や多飲、多尿、体重減少、易疲労感などが特徴的ですが、初期では自覚症状はほとんどなく放置されることが多いです。
慢性的な高血糖状態が長期間続くと、次第に全身の血管や神経が傷ついてしまい、様々な合併症をきたします。
細く小さい血管が障害されることによって起こる糖尿病の3大合併症として、①神経障害(手足のしびれや感覚鈍麻、自律神経障害)、②網膜症(視力低下、進行すると失明)、③腎症(進行すると人工透析)があります。
また、動脈硬化で太く大きな血管が障害されると、脳血管疾患(脳出血や脳梗塞)や虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)、下肢閉塞性動脈硬化症(歩行障害や足病変;潰瘍や壊疽、進行すると切断)などが引き起こされます。
加えて、歯周病や骨粗鬆症、がん、認知症なども健康な方と比べて発症リスクが高くなります。
糖尿病は軽症であるほど治療効果が出やすく、進行し重症になってからでは治療が難しくなります。
そのため、早期発見・早期治療で、長期的に血糖値をコントロールし、病気の進行を抑え、合併症を予防することが大切です。
糖尿病の治療は食事療法、運動療法、薬物療法の3本柱で行われます。先程も触れましたが、糖尿病の大部分を占め、生活習慣が大きく影響する2型糖尿病の治療では、我々リハビリテーション科が関わる、運動療法が特に重要になります。
ここからは運動療法の効果や方法、注意点等についてお話したいと思います。
運動療法の効果として次のようなものが挙げられます。
- 糖の利用促進による血糖降下(短期的効果)
- インスリン抵抗性の改善(インスリンの効きが良くなる;長期的効果)
- 基礎代謝の向上
- 筋萎縮、骨粗鬆症の改善
- 高血圧、脂質異常症、肥満の改善(動脈硬化危険因子の改善)
- 心肺機能、運動能力の向上
- 気分転換、ストレス解消
- 認知機能の改善 など
運動を行うと、筋細胞ではインスリン依存性とインスリン非依存性に糖が取り込まれます。
短期的効果ではインスリン非依存性に糖が取り込まれ血糖値が低下します。
つまり、インスリン抵抗性が認められる2型糖尿病の方であっても健常者と同様に糖の取り込みが促進されます。
そのため、2型糖尿病の方が食後に運動を実施することで、食後の血糖上昇を抑制し血糖コントロールの改善が期待できます。
一方、運動を継続して行った場合の長期的効果では、インスリンに反応する筋細胞内の糖輸送タンパクである、GLUT4が活性化かつ増加することによってインスリン抵抗性が改善し、血糖コントロールが改善されます。
また、メタボの方に多い内臓脂肪は糖の取り込みを阻害してしまいますが、運動で脂質代謝が向上することでインスリン抵抗性を改善することができます。
2型糖尿病に対する運動療法の効果で特に重要なのが、インスリン抵抗性の改善であり、これには有酸素運動実施の有用性は確立されています。HbA1c(血糖コントロールの指標であり、過去1~2ヵ月間の平均血糖値を反映)の低下は運動量(頻度)の増加と相関があり、運動強度とは相関がなく、2型糖尿病の血糖コントロール改善には運動量が重要な要因とされています。
また、近年では筋トレの有用性に関する報告が増加しています。
骨格筋は内分泌臓器とされ、筋収縮に伴い産生・分泌されるホルモンである、マイオカイン(myokine)によって、筋自身の代謝調節を行うだけでなく、脂肪組織や肝臓、大腸、脳など、全身の様々な臓器に働きかけ、代謝調節を行っていることが明らかになっています。
インスリン抵抗性の改善もその一つであり、筋肥大促進や脂肪組織での酸化亢進、骨形成促進、抗炎症作用、腫瘍防御作用、白色脂肪細胞の褐色脂肪化など、すべてマイオカインを介することが判明しています。
これらのことから、糖尿病の運動療法、インスリン抵抗性の改善には、有酸素運動と筋トレの両方を組み合わせて実施することが推奨されています。
では、実際にどのような運動を行えば良いのでしょうか。
まず、有酸素運動についてですが、1日のうちで数回に分けてもかまわないので、合計30~60分の運動を週3~5日行いましょう。
運動の種類としては、ウォーキングや自転車こぎ運動、水泳、ラジオ体操、踏み台昇降などが挙げられます。
運動強度としては、“ややきつい”と感じる程度を目安に、軽く息が弾み、じんわりと汗ばむ程度としましょう。
次に筋トレについてですが、もも上げやつま先立ち、腹筋、背筋、スクワットなどを10回1セットから始め、可能であれば3~4セットを目標に、息を止めずゆっくり呼吸しながら行いましょう。負荷の強過ぎる運動は逆に血糖値や血圧上昇を起こしてしまうので、自身に合った、継続可能な適度な強度の運動を行いましょう。
その他、運動療法を行う上での注意点は次のようなものがあります。
- 運動前にウォームアップ(準備運動)、運動後のクールダウン(整理運動)を行いましょう。
- 起床直後や食事直後の運動は避けましょう。
- インスリンや特定の血糖降下薬を使用中の方は、運動により低血糖を起こす危険があるため、食前の運動は避け、食後1~2時間に行うようにしましょう。
- 体調不良や睡眠不足の時は運動を控え、運動により痛みが出現した場合はすぐに中止しましょう。
- 血糖コントロールが極端に悪い方や合併症である増殖性網膜症による新鮮な眼底出血がある方など、運動を禁止、制限する必要がある方もいますので、運動を始める前に主治医に相談しましょう。
中には、仕事や家事が忙しく、運動をする時間がなかなか取れないという方もおられると思います、そんな方は、日常生活の中に運動を取り入れてみましょう。
- 通勤を徒歩や自転車に変えてみる。バスや電車を一駅前で降りて歩く。
- バスや電車はなるべく立つ。
- エレベーターやエスカレーターではなく階段を使う。
- 立ったままTVを見る、CM中に運動をする。
- 床拭きをモップから雑巾に変える。
- 料理や掃除、洗濯中に膝屈伸やつま先立ちなどを行う。
- 子供や孫と外で遊ぶ。
また、目標や運動ノルマの設定、アプリや歩数計を利用、記録表(体重や血圧、血糖値、食事内容や運動内容)の作成などで自己管理の工夫をしましょう。
とはいえ、なかなか糖尿病の運動療法が最初から“自分でできる”とはいかないと思います。
当院では、糖尿病教育入院を行っており、主治医を中心に、看護師や管理栄養士、薬剤師、そして我々理学療法士がチームとなり、各職種が糖尿病についての様々な治療、指導を行います。
リハビリでは、1~2週間の入院中に、ライフスタイルや運動習慣の聞き取りから始まり、それぞれの患者さんに合わせ、退院後も継続可能な、自分でできる運動療法の指導を行います。
ということで、今回は糖尿病の運動療法についてお話させていただきました。
繰り返しになりますが、糖尿病の治療は、早期発見・早期治療で長期的に血糖値をコントロールし、病気の進行を抑え、合併症を予防することが大切です。運動療法も少しずつでも無理のない範囲で日々継続して行いましょう。
最後に・・・
今年初め頃から新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が世界中で猛威を振るい、日本でも4/7に緊急事態宣言が出され、stay home、外出自粛、休業要請、学校の休校、テレワーク、マスクや消毒液の不足・・・などなど、ストレスの溜まる日々が続いています。
5/25で全国的に緊急事態宣言が解除されたとはいえ、第2波の危険性等もあり、この記事を書いている現時点(6月初め)でも、ワクチンや治療薬等の治療法は確立しておらず、まだまだ油断できない状況が続いています。
加えて、糖尿病患者の方は健康な方より免疫力が低下しており、感染症にかかると重症化しやすいため、よりいっそうの注意が必要です。
また、最初の方でも少し触れましたが、ストレスも血糖値上昇の要因の一つです。
ストレスがかかることで、交感神経の活動が優位となり、血糖値を上げる作用のあるホルモンの分泌が促進されます。
ここに外出自粛による運動不足に加わると、さらに血糖値が上昇してしまいます。ストレス解消のためにも、感染対策を継続しつつ、風通しの良い屋外でのウォーキングなど、3密を避け、適度な運動を行いましょう。
みどり病院のリハビリテーション科は、あなたの自分でできるを応援します。一刻も早い終息を願いながら。