実は怖いしゃっくり?~「しゃっくり百万べん」って絵本がありましたね~
こどものころ、しゃっくりが止まらなくなった経験は誰にでもあると思います。「しゃっくりを100回すると死ぬ」などといわれたり、早く止めなきゃいけないような気がして色々試してみたりしませんでしたか?今回はその「しゃっくり」についてのお話です。
多くの方はしゃっくりの治療?しゃっくりなんて病院にかからなくても自然に治るでしょ?と思うことでしょう。実際たいていはそうですし、100回くらいで死にはしません。ですが世の中にはしゃっくりが何日も、何ヶ月も続く人もいます。それによって夜中に眠れなくなったり、ものが食べにくくなったりして弱ってしまう場合もあるのです。そこからの衰弱、栄養失調リスクなども考えると、しゃっくりで死ぬことなんて絶対ない!とまでは言い切れません。
今回は薬剤師の視点からしゃっくりについてお話します。
どうしてしゃっくりはしゃっくりなのか
「くり抜く、えぐる」という意味の「さくる」という動詞があります。しゃっくりの際、お腹がくり抜かれるような感覚がしたことから「さくり」と呼ばれ、さくりが転じてしゃくり、しゃっくりと呼ばれるようになったようです。現代の国語辞典でも、「さくり」という単語は載っています。
吃逆(きつぎゃく)という言い方もします。吃は「どもり」、口中に息がつかえてなめらかにものが言えないことを意味する漢字です。
英語だとhiccup、あるいはhiccoughです。hicはヒックという擬声語、coughは咳漱を意味します。医学用語だとラテン語由来のsinglutusとなります。ラテン語辞典をひいたところ、singlutusには「すすり泣く」という意味もありました。日本でも「しゃくりあげる」はしゃっくりと同語源ですね。
そもそもしゃっくりとは?~メカニズムは研究中~
MSDマニュアルによると、吃逆は「横隔膜が不随意の攣縮を繰り返した後に声門が突然閉塞し,それにより空気の流入が阻止されて特徴的な音が発生する現象である」と定義されています。
肺は息を吸うときに膨らみ、吐くときに萎みます。ちょうど風船のようなイメージを持っていただければよいでしょう。この呼吸運動には、横隔膜という薄い筋肉でできた膜が深くかかわっています。息を吸う時には横隔膜が収縮して肺を引っ張り、吐くときには膜が緩むことによって肺も緩みます。
この横隔膜が何らかのきっかけで攣縮すると、人間の身体は反射的に息を吸い込もうとします。声門を閉じることで空気を吸い込むのを阻止するのですが、この閉じる時に「ヒック」という音が鳴ります。これがしゃっくりです。
なぜしゃっくりが起こるのか、については大規模な研究が行われていないのでよくわかりませんが、南山堂医学大辞典第20版によると横隔膜を支配する左右一対の横隔神経、および迷走神経を介して呼吸中枢へ向かう求心繊維のどこかで刺激を受ければ出現する可能性があるとのことです。
近年は日本人研究者の近藤司先生の動物実験などにより、鼻咽頭背側を支配する舌咽神経咽頭枝が求心路となり、延髄孤束核に入った刺激が延髄網様体にある中枢でのパターン形成を経て、横隔神経、迷走神経の遠心路へ出力され、それぞれ横隔膜、声門へ伝達される、というメカニズムが提唱されています。
しゃっくりの分類~世の中には68年しゃっくりが止まらなかった人もいるそうです~
2日以内で止まるものが良性吃逆発作、2日以上1ヶ月以内の持続性吃逆、1ヶ月以上続くものが難治性吃逆とされています。理由は不明ですが、持続性や難治性は男性のほうが多いようです。
世の中のほとんどのしゃっくりは治療を必要とせず、自然に回復する良性のものです。これは食べ過ぎたり飲み過ぎたり、アルコールや炭酸飲料を飲んだり、内視鏡検査中で空気注入したり、といった胃を拡張することにより生じます。他には冷たいシャワー、温かい、あるいは冷たい飲料を飲んだとき、ストレス、喫煙などの刺激がきっかけで起こることがあります。
2日以上続く持続性・難治性は何らかの原疾患が影響している可能性が高くなります。原因は多岐にわたり、心因性、器質性、特発性に分類されます。原因疾患ごとに、異なるアプローチをする必要が出てきます。
持続性・難治性吃逆の原因分類(brain medical vol.17しゃっくりの臨床より引用改変)
どうやったらしゃっくりは治る?
しゃっくりの治療というのは、ほとんどが民間療法や経験に基づいており、効果が客観的に証明されていないものも多いです。何せしゃっくりの場合、糖尿病や癌などの疾患と違って持続性・難治性の患者を多数集めて治験しましょう、ということはできないからです。
まずは息を止める、コップの水を反対側から飲む、驚かす・・・などよくある民間療法をやってみます。効果がなくても害はありません。
しばしば嘔吐反射を誘発させる方法が試みられます。舌を引っ張る、舌根の舌扁桃にグラニュー糖大さじ一杯をのせて溶かし、軟口蓋全体を刺激する、綿棒などで咽頭を刺激する・・・などなど。吃逆の反射弓に関する研究をしておられる先述の近藤司先生によると人差し指を耳に突っ込んで30秒ほど押す、舌を30秒ほど引っ張る方法が有効だとのことです。
物理的な刺激で治らなかった場合、薬剤師が関わる薬物療法の話に移ります。
しゃっくりに使う薬
「しゃっくりの薬」なんてあるの?と疑問に思う人も多いことでしょう。
現在日本で吃逆に対して保険適応がある薬は2種類のみです。抗精神病薬であるクロルプロマジン塩酸塩(ウインタミン®細粒、クロルプロマジン塩酸塩錠「ツルハラ」、コントミン®筋注、コントミン®糖衣錠)、そして漢方の呉茱萸湯(コタロー呉茱萸湯エキス細粒、ジュンコウ呉茱萸湯FCエキス細粒医療用、太虎堂の呉茱萸湯エキス顆粒)です。ツムラの呉茱萸湯には適応がありません。
第一選択薬はクロルプロマジンです。1回25~50mgを1日3~4回経口投与します。服用困難な場合は同量を筋注します。生理食塩水500~1000mLに溶解して点滴で使用することもあります。
呉茱萸湯は偏頭痛などに用いられる漢方で、虚弱体質の方に適し、冷えの改善に効果があるとされます。保険適応はあるのですが、論文などは少ないです。
以下に臨床で使われる薬を挙げますが、上記2種類以外は保険適応外であることに留意してください。
① 向精神薬:吃逆の反射反応を抑制する目的で向精神薬を投与することがあります。保険適応を持つのはクロルプロマジンのみですが、他にハロペリドールなどを使用することもあります。錐体外路症状やアカシジアに注意が必要です。
② 抗てんかん薬:横隔膜という筋肉の痙攣を抑える、という考え方で抗てんかん薬を投与することがあります。カルバマゼピン、バルプロ酸ナトリウムなど。
③ プロトンポンプインヒビター:胃酸を抑える薬です。原疾患として胃食道逆流症が考えられる場合に使います。オメプラゾールなど。
④ メトクロプラミド:同じく消化器疾患が原因と考えられるときに使います。胃の内容物を早く腸へ送ります。
⑤ バクロフェン:GABA神経に作用し、筋弛緩作用および中枢の抑制が期待されます。
⑥ 漢方薬 適応のある呉茱萸湯の他、芍薬甘草湯、半夏瀉心湯、半夏厚朴湯などが使われることがあります。
⑦ 柿蔕湯:柿のヘタを煎じたもの。胃寒による吃逆に伝統的に使われています。(※医療用医薬品ではありません)
と様々な薬が使われています。
おまけ~ドラッグストアで売ってます~
昔から「柿のヘタを乾燥した物を煎じて飲む」のはしゃっくりに効く、とされていました。
柿蔕湯は医療用医薬品としては使われていませんが、OTCとして売られています。調べてみたところ、成分としては種々のフラボノイドが含まれていることがわかりましたが、具体的にどの成分に効果があるのかは不明です。胃を急速に冷やした場合、体を温めることによってしゃっくりを治す狙いがあるようです。柿は他にも葉っぱを煎じたお茶が血圧に良いとされ、また、柿の果実はアルコールの分解を促進するため、二日酔いに良いとされます。
柿のヘタの他にしゃっくりに用いられてきた生薬などはないのだろうか?と疑問に思い、生薬や漢方薬、植物の本をいくつか探して読んでみると、柿のヘタの他に「ナタマメ」がしゃっくりに使われるという記述が出てきました。ナタマメといえば若い豆をさやごと福神漬けに使うのは知っていましたが、しゃっくりに使われていたとは初耳でした。その本によると、しゃっくりには豆の粉末を飲む、とされていました。成分を調べてみたところ、「熟した豆には青酸配糖体が含まれる」という記述がありました。しゃっくりの他に咳にも用いられたようです。
同じく青酸配糖体の一種であるアミグダリンを含む杏仁が咳止めの薬として用いられているのと同様の理屈と考えられます。呼吸中枢を抑えることにより咳やしゃっくりを抑えよう、という狙いなのですね。面白いです。なお杏仁の欄にはしゃっくりの文字はありませんでした。
自力で栽培する場合、くれぐれも毒に注意してください。「熟した豆を煮豆になどにする際は、何度も水を換えて煮なければならない」とも書いてありました。市販のナタマメ茶を買って飲む程度なら支障ないでしょう。
参考文献
MSDマニュアル
medicina54巻6号
Brain Medical vol.17 しゃっくりの臨床
南山堂医学大辞典第20版
レジデントノートvol.19 No.8増刊 2017
自分で採れる薬になる植物図鑑
古典ラテン語辞典