「最近だるいな」と感じている方、もしかしたらそのうちの何人かは夏の暑さや年齢のせいではなく、「貧血」が影響しているかもしれません。貧血は血液の中の赤血球やヘモグロビンが低下する病気の総称です。「若い女性の病気」というイメージをお持ちかもしれませんが、そうではありません。今回は、貧血の中で最も多くを占める鉄欠乏性貧血について述べたいと思います。
鉄欠乏性貧血とは?~自覚症状は息切れや動悸、めまい、疲れやすい~
鉄欠乏性貧血とは、ヘモグロビンの原料である鉄が不足するために、ヘモグロビンが合成されず起こる貧血のことです。血液成分のうち、赤血球に存在するヘモグロビンには、酸素を体の隅々まで運ぶ働きがあります。このヘモグロビンを体内で合成するときに、鉄を必要としますが、様々な原因で体内の鉄が欠乏するとヘモグロビンを合成できなくなり、体にうまく酸素が行き届かず「酸素不足」の状態になります。
鉄欠乏性貧血になると「息切れ」「動悸」「めまい」「頭重感」「顔色が悪い」「立ちくらみ」「疲れやすい」などの症状が見られることがあります。また、鉄が不足することで「爪の変形」「氷を食べたくなる症状」が現れることもあります。
鉄欠乏性貧血の原因は?~鉄の摂取不足、排泄量増加、必要量増加~
①鉄の摂取量が少ない場合
鉄が不足する原因として食生活の関与があります。過度なダイエット、偏食、不規則な食事は鉄が不足すると言われています。また、十分な量の鉄を摂っていても消化管に異常があり、吸収できないことがあります。
②鉄の排出量が多い場合
出血等が原因で鉄が失われてしまい、補給が追い付かないことがあります。例えば消化管出血(胃潰瘍、大腸がん)、子宮筋腫などによる過多月経等です。その他に、激しい運動をする人は汗や尿中へ鉄が出ていく為、貧血になりやすい傾向にあります。
③鉄の必要量が増加した場合
思春期、妊娠・出産・授乳期には普段よりも多くの鉄が必要になります。そのため普通の食生活をしていても鉄が不足してしまうことがあります。
隠れ貧血??~ヘモグロビンは正常なのに貧血になる~
ヘモグロビンは正常であるにも関わらず、フェリチン(貯蔵鉄)が不足して起こる貧血、「隠れ貧血(潜在性鉄欠乏)」があります。これは鉄欠乏性貧血の一歩前の段階で、放っておくと、鉄剤を服用しなければ改善しない状態になってしまうため、注意が必要です。
予防について~ヘム鉄、非ヘム鉄を効率よく摂りましょう~
貧血予防には、鉄分を多く含む食品を効率よく摂ることが大切です。食品に含まれる鉄分には、野菜や卵、牛乳に含まれる「非ヘム鉄」と、レバーや赤身魚、肉類に含まれる「ヘム鉄」があります。「非ヘム鉄」は2価又は3価の鉄化合物で、細胞内に取り込む際は2価の鉄イオンに変化させる必要があります。
一方、「ヘム鉄」は2価の鉄イオンとポルフィリン環により形成されておりそのままの形で吸収することができます。2価の鉄イオンは3価の鉄イオンよりも胃腸障害を起こしやすいのですが、「ヘム鉄」は、ポルフィリン環に囲まれているため胃腸障害を起こしにくいとされています。貧血のひどい人は「ヘム鉄」を多く含む食品をとる必要があります。また、食事のみで貧血を改善することが困難な場合は鉄剤が処方されます。
治療薬について~リオナ®錠が効能効果追加で仲間入り~
①経口鉄剤について
鉄剤には、経口鉄剤と注射鉄剤があります。まずは経口鉄剤による治療から始めるのが一般的です。鉄剤は空腹時の方が吸収は良いですが、その分副作用として吐き気が出やすくなります。しかし、最近の経口鉄剤は様々な工夫が各薬剤にされており食後でも吸収が落ちなかったり、胃の刺激が少なく吐き気が出にくくなっています。現在主に用いられている経口鉄剤は、フェロミア®(クエン酸第一鉄ナトリウム)、フェログラデュメット®(硫酸鉄)、フェルム®(フマル酸第一鉄)、インクレミン®(ピロリン酸第二鉄)の4種類があります。その特徴を表にまとめました(表1)。また、今年(2021年)の3月末、高リン血症治療薬であるリオナ®(クエン酸第二鉄水和物)に鉄欠乏性貧血の効能効果が追加されました。承認された用法及び用量は「通常、成人には1回500mgを1日1回食直後に経口投与」、最高用量は「1回500mgを1日2回まで」で、鉄欠乏性貧血治療の新しい選択肢として注目されています。
表1 経口鉄剤の用法・用量、特徴
鉄剤のうち、第一鉄は2価の鉄、第二鉄は3価の鉄化合物を指します。また、炭素を含む有機鉄と含まない無機鉄に分けられ、有機鉄は溶解する際にpHの影響を受けにくいのですが、無機鉄はpHが高いと溶解しにくくなります。例えば、有機鉄のフェロミア®(クエン酸第一鉄ナトリウム)は、クエン酸と鉄の間で錯体構造を形成しており、pHが上昇してもクエン酸との間で低分子キレートが安定して存在するため、食事によるpHの影響をあまり受けません。
一方、無機鉄のフェログラデュメット®(硫酸鉄)は錯体構造を持たないため、pH上昇に伴い水素イオンが外れてしまうため容易に高分子鉄重合体を形成し、食後に服用すると吸収が悪くなります。鉄は、腸管から2価の形で吸収されるため、経口鉄剤には、酸化されて3価にならないような工夫がされています。
また、鉄剤とビタミンCを同時に服用すると2価の状態が保たれ、3価は2価に還元されて吸収率が良くなる為、そのことを利用してビタミンCが併用されることがあります。しかし、ビタミンCにより2価の鉄が増えて吸収率が高まる反面、胃内が2価鉄イオンに刺激され、胃障害のリスクが高くなるという意見もあります。フェロミア®は、鉄と鉄吸収促進物質であるクエン酸との化合物であり、元々吸収が良いので、特にビタミンCと併用する必要はないとされています。フェロミア®単剤とフェロミア®とビタミンCを併用した場合を比較検討した試験では、貧血改善効果に影響はありませんでした。
図1 鉄剤の吸収の過程
②相互作用、その他の注意点について
鉄剤を内服する際は相互作用に注意する必要があります。例えば、キノロン系、テトラサイクリン系、セフジニル等の抗生剤は鉄剤との併用で錯体を形成し相互に吸収を阻害します。また、制酸薬(酸化マグネシウム等)と併用すると胃内pHが上昇して、鉄の吸収が阻害されます。原則として、鉄剤とこれらの薬剤との同時服用を避ける必要があります。
その他の注意点としては、吸収されなかった鉄の影響で便が黒くなることや、口腔粘膜に付着して残った鉄剤が酸化されて被膜を作ることにより歯が一時的に茶褐色に着色することがあります。歯が着色しやすいのは、薬剤を長時間口の中に含んだり、顆粒やシロップ剤が一部口の中に残ったり、歯のブラッシングが十分でないケースです。小児や高齢者、義歯の方は注意が必要です。
③注射鉄剤について
経口鉄剤を数ヶ月間服用し続けても血清フェリチン値が正常にならないこともあります。鉄の損失が多い方は再発も早いため、このような場合には注射鉄剤に切り替える必要があります。また、経口鉄剤服用により副作用(悪心、嘔吐、便秘、腹痛、下痢)が発現し、継続できなくなった場合も切り替えが必要です。
注射鉄剤の適用は、①副作用が強く経口鉄剤が服用できない、②出血などで鉄の損失が多い、③消化器疾患があり内服が不適切、④鉄吸収が極めて悪い、⑤透析や自己血輸血の際の鉄補給 の場合です。
注射鉄剤にはフェジン®(含糖酸化鉄)とフェインジェクト®(カルボキシマルトース第二鉄)があり、特徴をまとめました(表2)。
表2 注射鉄剤の用法・用量、特徴
最後に
「なんとなくだるい、疲れる」という症状の原因が鉄欠乏性貧血であるならば、鉄剤を使うことで改善します。また、鉄剤の使用により貧血が改善してはじめて労作時の息切れ等の症状があったと気づくこともあるようです。
鉄は徐々に吸収されるため、鉄の貯蔵には時間がかかります。症状が改善しても血清フェリチン値が正常化するまで服用を続けることが重要です。血清フェリチンは貯蔵鉄の量を反映して増減します。
具体的には、鉄剤の服用を開始して症状が改善するまでに2~3カ月、貯蔵鉄が貯まるまでにさらに2~3カ月は続ける必要があります。ですから、ご自身で薬の量を調節せず、根気よく服用と通院を続けてください。また、お薬のことでお困りの際は薬剤師までご相談ください。
参考文献
エーザイ株式会社 医療関係者向けQ&A小冊子
岡田定:鉄欠乏性貧血の治療指針、日本内科学雑誌 第99巻 第6号・平成22年6月10日
DIクイズ6:鉄剤服用後も貧血が改善しない患者 日経DI 2018年10月号