昭和から令和へ ~みどり病院と共に~

 

みどり病院に勤めだして30年近くたちました。

昭和の時代から平成、令和と三つの時代をみどり病院と共に過ごしています。

受付や、病院内で患者さんから『あんたも古いなあ』と、時々声をかけていただくことがあります。

『そうですね』と苦笑いしながらお答えしますが、そう仰っている患者様も

古くからのお馴染みさんです。

夏休みにおばあちゃんにくっついて病院に来て、受付前にあった自動販売機のジュースを

おねだりしていた少年が、今では奥さんと子供を連れておばあちゃんの付き添いで来院されています。

時が流れたんだなぁ・・と、つくづく感じてしまいます。

私が入職したときは、みどり病院はまだ旧の建物で、外来に診察に来られた患者様は玄関でスリッパに

履き替えて院内に入っていました。

混雑時にはスリッパが足りなくなったり、時々靴の履き間違え事件が起こったり・・

靴の行方不明事件が起こると大変です。

手の空いている事務員は総動員で下駄箱を隅から隅まで大捜索です。

それでも見つからない時は、仕方がないので患者様には病院のスリッパで帰宅していただく…

なんてこともありました。

その頃は診察券もカルテもまだ紙でした。重い紙カルテを診察室まで運びました。

旧みどり病院の外来は縦長で一番奥の診察室までは少し距離があるのですが、

そこを患者さんを掻き分けながら小走りでカルテを運びました。

当時の受付は、今以上に体力勝負!でした。

紙のカルテなので、当然手書きです。先生方の達筆な字を解読するのに大変苦労しました。

どうしても分からなくて先生に聞きに行くと、“えっ!?何で分からないの?”と言われることも。

(当然のことながら当時は先生方も若く、血気盛んでした)

でも、そんなことでひるんではいられません。

先生の字が読めないと患者さんの会計ができず、お薬を渡すこともできないのですから、

こちらも必死で食い下がりました。

今では診察券はプラスチックのカード、カルテは電子カルテになって読めない字に悩まされることはな

くなりました。

懐かしく、昔話をしてしまいましたが、30年近く医療の場で事務職として患者様と接してきて、

色々な経験を積ませていただきました。患者様から教わることも沢山ありました。

若い頃はフットワーク軽く対応していましたが、今は少しゆっくり、

じっくり患者様のペースに合わせて、患者さん目線での対応を心がけるようになりました。

みどり病院の受付には、そんなつわものの職員が沢山います。

日々、患者さん目線で、患者さんの言葉に耳を傾ける余裕を持って対応しています。

そんなベテラン職員を頼りに、どうぞお気軽にお声掛け下さい。