種子島から神戸へ〜急性期看護を学ぶために〜

私はみどり病院に就職する前、種子島の小さな病院で働いていました。離島の病院だったため取得できる看護技術も医療知識も不十分であり、重症の患者様はすぐに移送されていたため重症患者様を受け持つことも少なく兵庫に移住してきました。そのためここでやっていけるのか、患者様をきちんと看護できるのか不安なまま入職したのを覚えています。しかし入職してから、先輩方が優しく教えてくださり、たくさんの特殊検査や手術を受ける患者様を受け持たせていただいて、めまぐるしい毎日を過ごしています。日々得る知識が多く、充実した生活を送ることができています。

その中で私が心に残ったのがターミナル期の患者様を受け持たせていただいた時のことです。意識レベルも低下しており、会話をすることもできない患者様でした。どうすれば最後の時間を穏やかに過ごす事が出来るのか、その患者様の受持ちをさせてもらうために日々自問自答していました。整容したり、手浴・足浴をして清潔を保ったり、2時間おきの体位交換を行い身体的苦痛を取り除くよう留意しました。私の行った看護が正解であるかは分かりませんが心を込めて患者様に看護を行う事が出来たと感じています。

これからも患者様のニーズに応じた看護とはなんだろうと考え、悩む日が多いと思いますがその度に一度立ち止まり勉強して行きたいと思います。