不眠症の方は多く、成人の30%以上が不眠症状を持ち、20人に1人が睡眠薬を服用しています。特に高齢者では、うつ病や生活習慣病などの基礎疾患が原因となり罹患率が増加します。不眠症にはレンドルミン®︎などの「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」と言われるお薬が一般的に使用されています。しかし、ベンゾジアゼピン系睡眠薬には筋弛緩作用があるため、夜間にトイレなどで歩く時にふらついて転倒してしまうことがあります。高齢者が転んで骨折し、寝たきりの状態になってしまうことは避けたいものです。睡眠薬の使用には注意が必要で、特に高齢者は転倒のリスクなどを考えてお薬を選択することが大切です。今回は不眠症とその治療薬についてまとめました。
不眠症とは〜不眠症は4つのタイプに分類される〜
不眠症は以下のような4つのタイプに分類されます。
- 入眠障害:寝つくのに時間がかかる
- 中途覚醒:一旦寝ついても夜中に2回以上目が覚める
- 熟眠障害:朝起きた時にぐっすり眠った感じが得られない
- 早朝覚醒:朝早く目が覚めてしまう
このような症状が1か月以上続き、倦怠感・意欲低下・集中力低下など日中に様々な不調が出現する状態を不眠症といいます。
図1は20歳以上の睡眠の質の状況を調べた結果です。どの項目も1割以上の該当者がおり、日中に眠気を感じている方は約4割を占めます。また、不眠症状や日中の眠気がない人は約3割しかいないことが分かります。
図1 平成27年 厚生労働省国民健康・栄養調査結果より作図
不眠の原因は
不眠の原因は様々で、複数の要因が重なって起きることもあります。
- ストレス:不安や緊張、眠らなければと考えすぎるなど
- からだの病気:かゆみや痛みを伴う病気(アレルギー疾患、関節リウマチなど)、苦しさを伴う病気(心臓病、呼吸器疾患など)、頻尿、睡眠時無呼吸症候群、レストレスレッグス症候群など
- こころの病気:うつ病など
- 薬や刺激物:ステロイド、カフェイン、アルコール、ニコチンなど
- 生活リズムの乱れ:時差ボケ、昼夜逆転の生活など
- 環境:音、光、温度、湿度など
病気が原因の場合はその治療をすることが第一です。そうでない場合は生活習慣や環境を見直すことで不眠が改善するケースもあります。しかし、どうしても不眠が治らない場合は専門医を受診するか、かかりつけ医に相談しましょう。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬とは〜脳内のGABAの働きを増強〜
不眠症の治療薬として現在最も使用されているお薬です。この薬が主流となる以前は「バルビツール酸系」という、強い作用をもち依存性の高いお薬が使用されていました。睡眠薬の依存性や大量服用による致死作用などのマイナスイメージは、このバルビツール酸系睡眠薬が使用されていたころに出来たものです。現在はバルビツール酸系のお薬は睡眠薬としてはほとんど使用されていません。依存性、耐性が起こりにくく安全性が高い、ベンゾジアゼピン系睡眠薬が発売されたからです。
このお薬は、脳の中枢神経系を抑制する物質GABA(γ-アミノ酪酸:Gamma Amino Butyric Acid)の働きを増強して脳の活動を低下させ、鎮静・催眠効果を発揮します。作用時間の違いによって超短時間型・短時間型・中間型・長時間型に分類されます。
- 超短時間型(半減期※2~4時間程度):ハルシオン®︎、ルネスタ®︎、マイスリー®︎、アモバン®︎
- 短時間型(半減期6~12時間程度):レンドルミン®︎、エバミール®︎、リスミー®︎
- 中間型(半減期12~24時間程度):サイレース®︎、ユーロジン®︎、ベンザリン®︎
- 長時間型(半減期24時間以上):ドラール®︎
- ※半減期:薬の血中濃度が半分になる時間
入眠障害には超短時間型・短時間型、中途覚醒には短時間型~長時間型、早朝覚醒には中間型・長時間型を使用するなど、不眠症のタイプに応じて適切な睡眠薬を選択します。
作用時間が短い睡眠薬は物忘れや依存性の副作用が出現しやすく、作用時間が長い睡眠薬は「持ち越し効果」と呼ばれる日中の眠気やふらつきなどの副作用が出現しやすいという特徴があります。
超短時間型に分類されているルネスタ®︎、マイスリー®︎、アモバン®︎はベンゾジアゼピン系薬と構造が異なるため、「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれますが、作用機序は同じです。しかし、筋弛緩作用が少ないという利点があるため高齢者には使いやすいお薬といえます。
その他の睡眠薬~ベンゾジアゼピン系とは異なる作用機序のお薬~
メラトニン受容体作動薬:ロゼレム®︎
脳内ホルモンであるメラトニンの受容体に作用し、体内時計のリズムを整えるお薬です。メラトニンは光を浴びたときに分泌が抑制され、夜間に分泌量が増える物質で、入眠と覚醒の調節を行っています。ロゼレム®︎は睡眠剤としての効果はあまり強くありませんが、自然な眠りを催し、ふらつきや物忘れ、依存性などの副作用が出現しにくい安全性の高いお薬です。
オレキシン受容体拮抗薬:ベルソムラ®︎
覚醒状態を維持する神経伝達物質オレキシンの受容体への結合をブロックし、過剰に働いている覚醒システムを抑制することで、脳を覚醒状態から睡眠状態へ移行させる働きがあります。ベルソムラ®︎は催眠作用や睡眠維持作用があり、依存性や筋弛緩作用は少ないですが、眠気、頭痛、悪夢などの副作用があります。
不眠に使用される睡眠薬以外のお薬〜抗うつ薬、抗精神病薬、一般薬(抗ヒスタミン薬)〜
抗うつ薬(不眠症の適応なし)
レスリン®︎、テトラミド®︎、リフレックス®︎、トリプタノール®︎は抗うつ薬の中でも鎮静作用が強いため、うつ病性不眠などに使用されます。催眠作用や睡眠維持作用がありますが強さはお薬ごとに異なり、口渇や便秘の副作用があります。
抗精神病薬(不眠症の適応なし)
セロクエル®︎、リスパダール®︎、ジプレキサ®︎は鎮静作用が強い抗精神病薬で、催眠作用や睡眠維持作用もあり、その強さはお薬ごとに異なります。セロクエル®︎、ジプレキサ®︎は血糖値を変動させる副作用があるので糖尿病の方には使用できません。抗精神病薬は副作用が多いため患者様の状態を見て慎重に使用しなければいけません。
市販薬
抗ヒスタミン薬の有名な副作用に眠気がありますが、その副作用を利用した睡眠改善薬が市販されています。ただし「一時的な不眠症状」には使用できますが、慢性的な不眠症の人は対象になりません。不眠症状が続く場合は医療機関を受診して下さい。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬と同様に、その他のお薬を作用時間で分類すると以下のようになります。高齢者は代謝や排泄の機能が低下しているので、半減期が短いお薬が使用しやすいです。
超短時間型:ロゼレム®︎、セロクエル®︎
短時間型:ベルソムラ®︎、レスリン®︎、ドリエル®︎(市販薬)
中間型:テトラミド®︎、リスパダール®︎
長時間型:リフレックス®︎、トリプタノール®︎、ジプレキサ®︎
睡眠薬はいつまで続けたらよいのか?〜自己判断での中止はダメ〜
基本的に睡眠薬は長期に服用する薬ではなく、不眠症が治っていれば減薬または休薬することが推奨されています。不眠症状と日中の不調が改善すれば休薬・減薬が可能です。しかし、ご自身の判断で睡眠薬を中止してしまうと不眠が再発したり悪化したりすることがありますし、長期服用が必要な方もいらっしゃるので、医師や薬剤師に相談しながら適切な治療を進めていってください。
最後に
この10年間で不眠症治療薬の選択肢は増えました。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は安全性が高いお薬ですが、依存性や耐性が全くないわけではなく、高齢者の転倒リスクも増加するため不適切な使用は避けなければいけません。漫然とした使用を防止したり安全性の高い治療薬を選択したりすることで、私たちも、みどり病院薬剤科として適切な不眠症治療に向けて尽力して参ります。