インフルエンザ流行シーズン目前 ~妊婦の感染予防・治療~

今年もインフルエンザのシーズンとなりました。
重症化のリスクの高い乳幼児、妊婦、高齢者または慢性呼吸器疾患などの基礎疾患のある方のうち、今回は妊婦に着目してみたいと思います。

①インフルエンザを予防する方法は? ~手洗い、うがい、ワクチン、予防投与など~

・感染経路
インフルエンザの感染経路には、主に「飛沫感染」「接触感染」の2つがあります。
「飛沫感染」・・感染者のくしゃみや咳、痰などの飛沫に含まれるウィルスを別の人が口や鼻から体内に取り込む。
「接触感染」・・感染者の飛沫ウイルスが付着したドアノブ、手すり、スイッチ、便座などに別の人の手などが接触し、そこから目、口、鼻の粘膜に感染する。

・一般的な感染予防対策
妊婦の場合も通常と同様に、手洗い・うがいを基本にして、十分な栄養摂取と睡眠、加湿(湿度50~60%)、外出時のマスクの着用、人混みの回避など、感染経路を意識した正しい予防法の実践を推奨します。

・予防接種
一般的な予防法はインフルエンザワクチンの接種です。妊娠中に生ワクチンは禁忌ですが、インフルエンザワクチンなどの不活化ワクチンは接種可能です。母体へのインフルエンザワクチン接種の副効用として、出生後6カ月間は乳幼児感染率が低下します。これは、母体へのワクチン接種により母体で誘導された中和抗体IgGが、胎盤を通過して胎児に移行するためだと考えられています。
インフルエンザワクチンは防腐剤としてエチル水銀を含む製剤ですが、その濃度は0.004~0.008mg/mLと極少量であり、胎児への影響はないとされています。それでも胎児への影響を懸念される方にはエチル水銀非含有製剤の接種も選択肢として考えられます。

・抗インフルエンザウイルス薬の予防投与
インフルエンザ患者と濃厚接触した場合の抗インフルエンザ薬の予防投与は、薬剤耐性ウイルスの出現の可能性を制限するためにも、ルーチンで行うことは勧められていません。ただし、重症化しやすい65歳以上の高齢者や基礎疾患を有する方、妊婦もしくは分娩後2週間以内の褥婦に対しては予防投与が推奨されています。ただし、抗インフルエンザウイルス薬の予防投与は自由診療であり、保険適用外です。

妊婦に使用可能な薬剤は、次のノイラミニダーゼ活性阻害剤です。
・オセルタミビル(タミフル®):内服剤
・ザナミビル(リレンザ®):吸入剤
・ラニナミビル(イナビル®):長時間作用型吸入剤

産婦人科診療ガイドライン産科編2017によると、インフルエンザ患者と濃厚接触した場合、オセルタミビル(タミフル®️)またはザナミビル(リレンザ®️)の予防効果は70~90%と報告されています。現在までにオセルタミビル(タミフル®️)またはザナミビル(リレンザ®️)は妊婦へ投与による有害事象の報告はなく、安全性が高いと考えられます。また、月刊薬事2018年10月号によると、ラニナミビル(イナビル®)️も少数例ではありますが、母体、胎児への悪影響はないようです。

②抗インフルエンザウイルス薬の治療 ~妊婦への薬の安全性は添付文書+αの情報で評価する~

妊婦がインフルエンザ流行中に心肺機能が低下し入院するリスクは産後と比較して、妊娠14~20週で1.4倍、妊娠27~31週で2.6倍、妊娠37~42週で4.7倍であり、妊娠週数とともに増加するそうです。このことは、妊婦はインフルエンザ感染に対する防御力が低下するため、重篤な合併症を起こしやすいことを示しています。そのため、妊婦がインフルエンザに罹患した場合は、薬の安全性を説明のうえ治療を開始するべきです。インフルエンザ治療薬は年々増加しており、現在は7種類あります。添付文書では、ほとんどの薬が「有益性が上回る場合にのみ投与する」と記載されており、妊婦に使用する場合の具体的な判断基準が分かりづらく、あまり参考にならないのが現状です。そのため、以下の情報も参照することを推奨します。

◇成書:妊娠と薬 妊娠と授乳 Briggs
◇オ―ストラリア医薬品評価委員会による「TAG:Therapeutic Good Administration」の分類
◇産婦人科診療ガイドライン
◇妊婦と薬情報センター
特に臨床の場では迅速かつ的確に判断する必要があるため、分かりやすい成書やTAG基準を参照する方法が有用と思われます。なお、余談ですが、以前までよく利用されていたアメリカ食品医薬品局によるFAD基準は2015年6月に廃止されています。

※成書とTAG基準で抗インフルエンザウイルス薬を評価してみました!
アマンタジン(シンメトレル®) 催奇形性あり⇒禁忌×
ザナミビル(リレンザ®) TAGカテゴリーB1⇒強く使用を勧める◎
オセルタミビル(タミフル®) TAGカテゴリーB1⇒強く使用を勧める◎
ラニナミビル(イナビル®) 使用を勧める〇
ペラミビル(ラピアクタ®) TAGカテゴリーB3⇒重症例には使用する△
ファビピラビル(アビガン®) 初期胚の致死および催奇形性⇒禁忌×
バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®) 慎重に投与△

ザナミビル(リレンザ®)とオセルタミビル(タミフル®)が、比較的使用例も多く安全性が高いようです。
新薬のバロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)は、キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤に分類され、細胞に入ったウイルスが細胞内で増えないように作用します。従来薬(オセルタミビル、ラニナミビル、ペラミビルなど)の作用機序であるノイラミニダーゼ阻害剤は、細胞内で増えたウイルスが細胞から外に出ることを抑えます。一方、バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)は従来薬に比べると、インフルエンザ症状が出ている期間はほぼ同じですが、ウイルスが身体から消失するまでの期間が、オセルタミビル(タミフル®)の3分の1(24時間)と短いので他の人への感染を抑えるにはよいかもしれません。
また、オセルタミビル(タミフル®)は1日2回5日間の服用ですが、バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)は1回のみの服用でよいため利便性は高いと思われます。
しかしながら、注意が必要な薬剤もあります。バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)が医薬品・医療機器等安全性情報№362の重要な副作用に情報が載っていたため紹介します。バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)服用後に、血便や口腔内出血、ワーファリン服用中の方にはPT-INR延長が発現したといった出血に関する報告があり、2019年3月に添付文書の注意事項に追加されました。発売されてまだ使用例が少ないので妊婦に限らず慎重に投与することが必要です。

2017.12.17 日経メディカル中の図を一部改変

③私の経験談 〜私もつい最近までは妊婦でした〜

私の場合は、妊娠中は悪阻(つわり)や胃痛、便秘、お腹の張り、頭痛、貧血などのマイナートラブルが多く、普段より薬を飲む機会が多くなりました。本当は飲みたくなかったのですが、生活するためにやむを得ずといったところでしょうか。また、インフルエンザ予防接種直後に妊娠が分かったため、胎児への影響を過剰に心配していました。
マイナートラブル以外にも、もともと疾患がある妊婦やインフルエンザに感染してしまった妊婦の場合は薬の服用は必要となってきます。妊娠中の薬の服用には慎重な判断を要するため、本論を執筆するために得た知識を活用し、同様の境遇の患者様等への対応に役立てていきたいです。

参考文献 産婦人科診療ガイドライン産科編2017 月刊薬事2018年10月号