抗がん剤の曝露対策を追え!!~より安全な職場環境に向けて〜 シリーズ①

薬剤科内には危険な薬剤が数多くあります。麻薬、向精神薬、毒薬、劇薬、そして抗がん剤の取扱いには特に注意を払う必要があります。
抗がん剤は、腫瘍細胞を破壊する効果がある半面、正常な細胞までも破壊します。そのため、空気中に飛散したり、周囲に付着した抗がん剤が、それを取り扱う医療スタッフや、患者とその家族の身体に影響を及ぼしたりすることが懸念されます。しかし、注意深い取り扱いを要する薬剤でありながら、その取扱方法については薬機法で規定が無く、医療機関毎に個別の運用がされています。

そこで、当院では有効な曝露対策を調査し、安全な職場環境の実現に向けて検討を進めているところです。抗がん剤の取扱いに悩んでいる医療関係者の方や、これから医療機関に就職を希望されている方の目に、このブログが留まり、少しでも参考になれば幸いです。

1 当院の実情

当院薬剤科では、抗がん剤の調製件数が少ないため、ケモセラピー(化学療法のこと。以下「ケモ」)の経験があるスタッフは少ないです。

一方で、近年はケモ調剤件数が増加傾向にあります。私は前職でケモの経験があったことから、個人防護具の使用方法や後片づけの乱雑さが気になっていました。しかしながら、個人防護具や手技、後片づけをガイドラインに沿って徹底したとしても、薬剤によっては揮発性の高いものがあるため、その漏出は不可避です。
曝露による健康被害の報告も国内外で数多くあります。様々な論文を確認したところ、流産や低体重児など生殖に関わる報告もあり、取扱環境を改めるべきであると感じました。

2 職業的曝露対策の沿革

1980年代
欧米では抗がん剤の職業的暴露により生殖系をはじめとした健康面への影響についての報告がなされました。

1990年代
生物学的安全キャビネットや個人防護具(personal protective equipment)(以下PPE)の導入による医療従事者への曝露対策が導入されました。

2000年代
生物学的安全キャビネットやPPEにより曝露対策をしても、医療従事者の皮膚や尿中から抗がん剤(特に揮発性抗がん剤)が検出される事例があり、さらなる対策が必要となりました。そのような事態が続いたことから、2004年に米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)よりNIOSH alert(ナイオッシュ・アラート)が発表されました。

NIOSH alertとは?
・Hazardous Drugs(以下「HD」)を定義
・HDに対する医療従事者の教育・手順・管理等を明確化
・閉鎖式薬物移送システム(Closed System (Drug-) Transfer Device)(以下「CSTD」)の推奨

2014年
厚生労働省労働基準局より、「発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん剤等に対する曝露防止対策について」の通知が発出されました。ここでは、薬剤師や看護師等の労働者の曝露防止対策の留意事項が5項目にまとめられています。具体的な内容を紹介すると、安全キャビネットの設置、CSTDの使用、ガウンテクニック等です。しかしながら、このような曝露対策は、あくまで推奨レベルで義務ではありません。

2019年
「がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン(一般社団法人日本がん看護学会などの3つの学会)」が改訂され、「職業性曝露対策ガイドライン」が発刊されました。HDの静脈内投与時のルートにCSTDを使用することが強く推奨されています。
USP800(米国薬局方第800章)では、2016年2月に「抗がん剤の調整ではCSTDを使用すべき(should)、投与では使用しなければならない(must)」と明記され、2019年12月に発行されています。このように海外ではCSTDを投与側で使用することが法的規則となっているようです。

3 ヒエラルキーコントロールの考え方

曝露対策において、海外のガイドラインでは、早くから労働安全管理のリスクマネジメントに基づき、危険性を排除し、最小限にするための概念が用いられています。
「がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン2019年版」にも掲載されているヒエラルキーコントロールの考え方を紹介します。実施する措置のうち、①が最も効果が高く、以下⑤に向かって効果が低くなります。

今回は比較的効果が高く、医療機関で実現可能なCSTDに着目し、院内への導入提案を行い、進めていく方針となりました。また同時に、④の組織管理的コントロールや⑤の個人防護具に関しても、ガイドラインを参考に進めます。

4 CSTDについて

CSTDとは、「HDを調製・投与する際に、外部の汚染物質がシステム内に混入することを防ぐと同時に、液状あるいは気化/エアロゾル化したHDが外に漏れ出すことを防ぐ構造を有する器具」のことです。

また、HDとは、「発がん性、催奇形性または発生毒性、生殖毒性、低用量での臓器毒性、遺伝毒性、前記基準によって有毒であると認定された既存の薬剤に類似した化学構造および毒性プロファイルを示すものの6項目のうち、1つでも該当するもの」とされています。例えば、抗がん剤のシクロホスファミドはもちろんのこと、健康被害で有名なアスベストやタバコなど医薬品以外のものも含まれます。この他の具体的な薬剤は、NIOSHのホームページにリスト表が掲載されているのでそちらをご参照下さい。

さて、CSTDは端的には、抗がん剤を露出しないようにするための器具です。国内では9種類のCSTDが発売されており、それぞれに特徴があります。各CSTDの優劣を一概に決めることはできず、導入を検討する際には、調製・投与を担当する薬剤師や看護師がそれぞれの性能を理解し、院内の実情に合ったものを選定する必要があります。

5 CSTDの選定

参考に当院でのCSTDの選定経緯を記します。最初に断っておきますが、メーカーや製品の優劣を示すものではなく、あくまで当院の実情や独自の基準で考察していることをご理解ください。

まず、国内の9種類のCSTDから、「同一メーカーで調製側と投与側両方の製品がある」「改良機種を優先採用する」などを基準に、4種類のCSTD(ケモセーフロック、エクアシールド、ネオシールド、ファシール)に絞りました。その後、各メーカー担当者に性能や特徴などについてプレゼンテーションをしていただき、それぞれのメリット・デメリットについての比較表の作成に着手しました。比較基準については、CSTDに関する文献や各メーカーのプレゼン内容、サンプル品の形状や操作性の違いなどを何度も確認し、一から作成したため苦労しました。(表3)

また、CSTDと投与時の輸液ルートやポンプが適合しない場合があるため、院内で利用実績があるルートの口径やポンプの性能(滴下や流量制御ができる)を確認する必要がありました。このため、院内の投与方法を看護師から聴き取り、図式化したうえで、各メーカーに適合性を確認しました。その結果、1つのポンプを除く輸液ルートやポンプが各CSTDに適合することが判明しました。(図1)

このような基本的な選定を行った後、具体的な条件をもとに各製品の比較を行いました。
第一に、当院はケモの件数が少ないため、通常業務の中での操作習熟が難しいことを考慮し、手技が簡単であることを条件としました。薬剤科内で操作検証を行い、ケモセーフロック、エクアシールド、ネオシールド(一方弁式)の3製品に絞りました。

第二に、コスト面です。調製でCSTDを使用すると1回につき180点の診療報酬を算定できますが、CSTDの導入・運用コストはこれを上回ることが多いようです。また、投与時の加算はありません。このため、CSTDの導入には決済権を有する経営層の安全性に対する意識も重要になります。CSTDの費用については、院内で汎用されている4つのレジュメに基づき、見積もりを各メーカーに依頼しました。その結果は、比較的安価であったエクアシールド、ネオシールドの2製品に絞りました。当方としては、この2製品はほぼ同等に評価していたため、他の薬剤師の意見を聴くことにしました。

ここまでは単独で選定をしてきましたが、薬剤科内でケモの検討コアメンバー会議を設置し、2製品のメーカー担当者に性能や特徴などについて再度プレゼンテーションをしていただき、再評価を行いました。その結果、新たに、輸液バッグに接続するバッグアダプタの問題が浮上してきました。エクアシールドは輸液バッグの混注口にL時型の形状をしたバッグアダプタを穿刺します。L字型をしているので、CSTDを接続する際に力が分散されるため外れるリスクを軽減しているものの、取り外そうと思えば外れてしまいます。

さらに、L字型に不慣れなため、その後の調剤の作業もしにくいといった意見もありました。一方でネオシールドは、輸液バッグの混注口に覆いかぶせるようにバッグアダプタを取り付けます。そのため、簡単には取り外すことができない構造となっています。万が一のために、調剤中にバッグアダプタが外れるリスクがより少ない構造をしたネオシールドを選定しました。

この後の経緯に関しては、シリーズ第2弾で概説したいと思います。CSTDの導入検討にあたっては、日常業務、家事、育児、CSTDの資料作りと疲労困憊の日々を送ることになりました(笑)。先に結果を言いますが、当院ではネオシールドを調剤・投与側の両方に導入することができました(本当にめでたい!!)。 まだまだ残された課題はあるものの、たくさんの方に協力していただいたので結果が出て良かったです。第2弾もぜひご覧ください。

長文お付き合いいただきまして、ありがとうございました。次回もお楽しみに。