■消化性潰瘍治療薬~よく処方されるわりに判断に困る?~
医療事務さんと雑談した際、「レセプト作成の時に、消化性潰瘍治療薬の使い方が適切かどうかわからないことがある」というお話になったことがあります。
例えば次のような処方箋があるとします。
Rp1:ファモチジンOD錠「テバ」20mg 2錠
分2 朝夕食後
Rp2:ロキソプロフェン錠「武田テバ」60mg 3錠
分3 毎食後
Rp1:ネキシウムカプセル20mg 1カプセル
分1 朝食後
Rp2:ロキソプロフェン錠「武田テバ」60mg 3錠
レバミピド錠「オーツカ」100mg 3錠
分3 毎食後
Rp1:ファモチジンOD錠「テバ」20mg 2錠
分2 朝夕食後
Rp2:ネキシウムカプセル20mg 1カプセル
分1 朝食後
薬局や病院に勤めている薬剤師なら調剤したことがある薬ばかりではないでしょうか。『ロキソプロフェン』はNSAIDsという種類の鎮痛薬ですね。『ネキシウム』、『レバミピド』、『ファモチジン』、これらは消化性潰瘍治療薬です。さて、上記の処方箋にはどのような問題があるでしょうか。
医療事務さんは頭を悩ませていました。「ファモチジンはロキソプロフェンが胃を荒らさないための予防に使える?」「ネキシウムを飲んでいる患者さんにロキソプロフェンとレバミピドが処方されているけど、これって重複?」「ネキシウムとファモチジンは一緒に使えないのにネキシウムとレバミピドはいいの?」
薬剤師の立場として、「これは併用可能」「これは駄目」ということは答えられると思います。ですが、「なぜ」そうなのか、ということをしっかり説明しようとすると、これらの薬の作用機序や適応の病名についてのお話をする必要があります。
このような経緯もあり、今回から、消化性潰瘍をはじめとした酸関連疾患とその薬についてのお話をしていこうと思います。数回に分けた長い話になりますがお付き合いください。
まず今回は手始めに、胃の役割と消化性潰瘍が起こる仕組みについてのお話をしていきます。
■胃の役割~食物の一時貯蔵庫&殺菌装置&タンパク質消化器官~
まずは胃の役割についてお話しましょう。
食事をすると、食べ物は食道を通って胃へ運ばれます。胃は食べ物の一時的な貯蔵庫でもあり、食物を攪拌しつつ、量を調節しながら十二指腸へ送り込む機能があります。
胃の分泌腺にある「壁細胞」は強力な酸である胃酸を放出します。胃酸には様々な作用があります。
①タンパク質消化酵素の前駆体であるペプシノーゲンを活性化させ、ペプシンにします。
②タンパク質をほぐしてペプシンによる消化をしやすくします。
③カルシウムや鉄の吸収を助けます。
④感染を起こす微生物を死滅させます。
胃液には胃酸のほかに、水、ペプシン、ビタミンB12の吸収に必要な内因子などが含まれています。胃液は食事中やその前後に大量に分泌されます。一般的に人間では1日1.5~2L程度の胃液が作られると言われています。
胃酸の正体はプロトンH+とクロライドイオンCl-から成る強塩酸HClです。塩酸HClは、皮膚に付着すると炎症を起こす危険なものです。胃自体がタンパク質で出来ているため、胃液中のペプシンで胃が分解される可能性もあります。胃は大量のペプシンや塩酸にさらされていますが、通常、私たちの胃は溶けて無くなったりはしません。なぜでしょうか。
その理由は主に4つあります。
①胃は「副細胞」からアルカリ性の粘液を分泌しており、この粘液の層が胃の内側を覆っています。粘液は消化酵素を含む胃液とは簡単には交じり合わないようになっています。粘液の層、粘膜は糖タンパクのムチン、重炭酸イオンHCO3-とカリウムイオンK+を豊富に含み、厚さは5~200μmほどになります。
②胃の表面の細胞同士は隙間なく結びついています。これを密着結合(tight junction)といい、皮膚・消化管・血管などでこの接着装置が発達しています。これによって胃液が細胞同士の隙間を通って浸透することを防ぎます。
③局所的な生理活性物質であるプロスタグランジンが、胃の粘膜を厚くしたり、血流を良くしたり、細胞の修復を早めたりしています。
④胃粘膜の上皮細胞は常に増殖・移動・乖離しています。消化管の上皮組織は、常に刺激にさらされるため、継続的に再生され、早く修復できるよう細胞のサイクルが短いのです。特に胃の細胞は、人間の体の中で最も代謝回転が早い組織といわれています。反面、細胞分裂が活発ということは複製の際にエラーを生じやすいという欠点にもなります。これが消化器系の癌が多い理由のひとつです。
■胃酸の分泌調節のメカニズム~プロトンポンプと種々の生理活性物質~
壁細胞は胃の中にH+とCl-を送り込みます。Cl-の分泌機構についてはまだわかっていないことが多いのですが、H+の分泌についてはかなり研究が進んでいます。H+の分泌について詳しく見ていきましょう。
H+は、H+,K+-ATPaseというタンパク質の働きによって胃の中へ送り込まれます。このタンパク質は壁細胞管腔側(細胞の上側、この場合胃の内部側)の細胞膜表面に発現し、ATPをエネルギーとして利用し、H+を細胞内から胃の中へ送り込み、反対にK+を胃の中から細胞内に取り込みます。H+,K+-ATPaseはその役割から一般的にプロトンポンプと呼ばれています。(図1)
図1 壁細胞管腔側における胃酸分泌のイメージ図
空腹時、プロトンポンプはほとんど細胞膜の表面に発現しておらず、大半が壁細胞の内部の細管小胞とよばれる袋の表面にあります。(図2)
食事をすると、迷走神経の神経伝達物質であるアセチルコリン、ECL細胞から分泌される生理活性物質のヒスタミン、胃の出口付近や十二指腸にあるG細胞から分泌されるホルモンのガストリンが、それぞれ壁細胞基底膜側(血管側)のM3受容体、H2受容体、CCK2受容体を介して壁細胞に刺激を与えます。刺激を受けると壁細胞の細管小胞同士がつながり、管腔側の細胞膜と連結することで、大量のプロトンポンプが管腔側に発現することになります。このようにして食事時に大量のH+が分泌されます。(図2)
図2 胃の壁細胞におけるプロトンポンプの活性化イメージ図
食べ物が十二指腸へ到達すると、十二指腸のS細胞からセクレチンというホルモンが分泌されます。セクレチンはガストリン分泌抑制作用などを介して胃酸の分泌を抑えます。
■消化性潰瘍が起こる仕組み~胃環境バランスの崩壊~
通常の胃の環境は、胃を攻撃する力(攻撃因子)に対して胃を護る力(防御因子)が拮抗しているため、バランスが保たれています。これがなんらかのきっかけで胃酸や消化の力が強くなりすぎたり、粘膜の量が少なくなったりしてバランスが崩れると胃がダメージを受けてしまい、胃炎、びらん、胃潰瘍などを引き起こします。(図3)
図3 攻撃因子と防御因子のバランスが崩れると、潰瘍が発生。(バランス説)
潰瘍とは、粘膜筋板を超えた組織欠損で、びらんは粘膜層にとどまるものです。
慢性の胃潰瘍と十二指腸潰瘍を合わせたものを消化性潰瘍と呼びます。心窩部痛、腹部膨満感、悪心、嘔吐、胸やけ、食欲不振などの症状を呈します。消化管出血により黒い吐血や下血を起こしたり、ひどくなると消化管穿孔を起こし、命に関わることもあります。
■消化性潰瘍の薬~攻撃因子抑制薬と防御因子増強薬~
消化性潰瘍治療薬は胃酸を抑える「攻撃因子抑制薬」と胃を護る「防御因子増強薬」の二つに大きく分けられます。
攻撃因子抑制薬は、胃酸の分泌を阻害する薬と、アルカリで胃酸を直接中和する薬の2種類があります。
防御因子増強薬は、潰瘍部位を直接ガードするもの、粘膜の量を増やすもの、傷の修復を促進するものなどがあります。
現在、消化性潰瘍で主に使われている薬はPPI、P-CAB、H2ブロッカーの3種類です。次回はこれらの薬の作用機序について詳しく語りたいと思います。
参考文献
オックスフォード生理学 原書4版
病気がみえるvol.1
薬がみえるvol.3
FLASH薬理学
Newton別冊 人体-消化の旅 胃、肝臓、腸など、消化器官の驚異の仕組み