消化性潰瘍の話その2〜胃酸を止めるH2ブロッカーとPPI、P-CAB〜

前回は、胃の働きや胃酸分泌についてお話しました。
今回から消化性潰瘍の治療薬についてのお話になります。治療薬は胃酸を抑える「攻撃因子抑制薬」と胃を護る「防御因子増強薬」の2つに大きく分けられます。攻撃因子抑制薬は、胃酸の分泌を抑える酸分泌抑制薬と、アルカリで胃酸を直接中和する制酸薬の2種類があります。
今回は酸分泌抑制薬の中でも特によく使われるH2ブロッカー、プロトンポンプ阻害薬、およびボノプラザンについてお話します。
胃酸の分泌調節のメカニズムについて忘れてしまった方は前回(薬剤科「消化性潰瘍の話その1 胃酸の分泌と潰瘍のメカニズム」2022.5.13UP)をご覧ください。

■H2ブロッカー~消化性潰瘍治療に革命を起こした薬~

ヒスタミンは、胃の壁細胞にあるH2受容体に作用し、胃酸の分泌を促す神経伝達物質です。H2ブロッカーはその受容体を競合的に阻害することで胃酸分泌を抑制する薬です。H2ブロッカーの登場により、消化性潰瘍死亡率は劇的に改善されました。夜間の胃酸分泌を抑制する力が強い一方、長期投与で薬の効きが悪くなるという報告もあります。ラフチジンという薬以外は腎排泄型の薬となります。

H2ブロッカーの適応一覧を下に示します。成分ごとに適応が異なる点、また、同じ成分でも内服薬と注射薬で適応が違う点に関しては注意が必要です。

表1 H2ブロッカーの適応一覧

※ラニチジンは全商品販売中止となっており、注射剤のみ2023年3月までの経過措置品があります。

■PPI~現状の主流~

胃酸は最終的に胃の壁細胞のプロトンポンプを通して胃の中へ放出されるのですが、このプロトンポンプを非競合的に阻害し、酸分泌を強力に抑制するのがプロトンポンプ阻害薬(Proton Pump Inhibitor:PPI)です。

PPIはすべて酸によって活性化を受けるプロドラッグです。経口薬は最初に胃に入った時に活性化されないように腸溶性の製剤になっています。腸で吸収されたあと胃の壁細胞に到達し、もう一回胃の中に分泌され、胃酸により活性化を受けます。活性化PPIは壁細胞の表面に発現しているプロトンポンプに共有結合をして不可逆的に働きを阻害しますが、共有結合できなければ数分程度で分解されます。この性質により体内に蓄積しないため、安全性が高い薬だと考えられています。

H2ブロッカーより酸分泌抑制作用が強力で、特に食後の胃酸分泌を強く抑制します。ただし夜間の酸分泌抑制に関してはH2ブロッカーのほうが強力です。また、PPIは消化性潰瘍治療において投与期間の制限があります。(胃潰瘍で8週、十二指腸潰瘍で6週)
以下、個々のPPIの特徴をお話します。

・オメプラゾール(オメプラール®、オメプラゾン®)
世界初のPPIです。この薬の代謝に大きく関わる酵素、CYP2C19が人によって活性に差があるため、オメプラゾールの薬効には個人差があります。

・エソメプラゾール(ネキシウム®)
オメプラゾールの単一光学異性体(S体)です。オメプラゾールよりも代謝におけるCYP2C19の寄与率が低く、薬効の個人差が小さいとされます。

・ランソプラゾール(タケプロン®)
オメプラゾールと同等の効果を示します。OD錠は腸溶性を損なうことなく経管投与にも対応できます。(※ただしお湯に溶かすと添加物のマクロゴール6000が固まるため、簡易懸濁の際は水に溶かす必要があります。)

・ラベプラゾール(パリエット®)
最もプロトンポンプ阻害作用が強いPPIです。

■PPIの限界と新たなプロトンポンプ阻害薬

PPIはもっとも酸分泌抑制効果が強い優れた薬とされていますが、いくつか課題もありました。

①酸に不安定なため内服薬を腸溶性製剤にする必要があります。ヒトの胃腸運動には個人差があるため、効果発現までの時間にばらつきが出る可能性があります。
②胃酸による活性化を受ける必要があるため、胃内pH環境の違いによって大きく活性が異なる可能性があります。
③夜間の胃酸抑制作用が十分ではありません。
④立ち上がりが遅く、効果の最大発現までに数日かかります。
⑤どの薬も、程度の差はあれ、主にCYP2C19という酵素で代謝されます。この酵素の活性は個人差が大きく、代謝速度や効果発現の強さに違いが出てきます。

これらの事情により、PPIが胃酸を完全にコントロールするのは難しいとされてきました。しかし、新たな薬の開発によりこれらの問題点が大きく改善される可能性が出てきました。

・ボノプラザン(タケキャブ®)
PPIとは少し異なる機序の薬として、2014年に承認されました。
カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(Potassium-Competitive Acid Blocker:P-CAB)という種類の薬で、可逆的にプロトンポンプを阻害します。
腸で吸収されてから胃に分泌され、プロトンポンプを阻害するという動きはPPIと同じですが、作用する部位は違います。(図1)

PPIは酸によって活性化されますが、ボノプラザンはそのまま作用するため、胃内pHの影響を受けません。
プロトンポンプと結合できなかったPPIはただちに分解されますが、ボノプラザンは酸に安定です。胃の中に分泌された後も分泌機構の近くに留まる性質があるため、すぐにプロトンポンプに結合できなかったボノプラザンも、新たなプロトンポンプが細胞膜表面に現れるのを待ち受けて、これに結合することができると考えられています。夜間に活性化してきたプロトンポンプもブロックできるため、夜間の酸分泌抑制能力もPPIより強いです。また肝代謝ですがPPI と違ってCYP2C19の影響も少なく、服用後数時間で効果が発現します。

適応上、PPIと同じく胃潰瘍6週、十二指腸潰瘍8週の投与制限があります。PPIと異なるのは、非びらん性胃食道逆流症の適応がないことです。
まだ長期投与における安全性については結論が出ていませんが、PPIの諸問題を一気に解決できる可能性がある薬です。

図1.PPIとP-CABの作用機序の違い(イメージ)

PPIおよびボノプラザンの内服薬の適応一覧を下に示します。規格によって適応が異なる点に注意が必要です。また、オメプラゾールとランソプラゾールには内服薬の他に注射薬も存在し、経口投与が不可能な場合に使用します。

表2 PPIとボノプラザンの適応一覧(※内服薬のみ)

※1:オメプラゾール、ランソプラゾールには注射薬があります。他のPPIは内服薬のみです。
※2:複数の規格が存在し、規格によって適応に違いがあります。

■まとめ

消化性潰瘍治療薬のなかで、胃酸を抑える薬を攻撃因子抑制薬といいます。
H2ブロッカーはH2受容体を阻害し、特に夜間の酸分泌を強力に抑えます。PPIはプロトンポンプを阻害し、特に食後の胃酸分泌を強力に抑制します。

近年、ボノプラザンという新種の酸分泌抑制薬も発売されました。プロトンポンプ阻害薬ですが、従来のPPIとは機序が異なります。
現在、消化性潰瘍の治療で主に使われているこれら3種類の薬は、それぞれ特徴や使用制限などが異なるため、状況に応じて使い分けます。

次回は今回紹介したもの以外の攻撃因子抑制薬と、防御因子増強薬についてお話したいと思います。

■おまけ 酸分泌関連の創薬の新たな可能性

現在日本で使えるP-CABはボノプラザンのみですが、世界初のP-CABというわけではありません。
実はP-CAB自体はそれなりに昔から研究されていた薬で、ボノプラザンより前にレバプラザンという薬が作られており、現在韓国のみで承認されています。

新たにテゴプラザンという薬も開発され、韓国・中国で発売されています。特に韓国においてはP-CABとして世界初の非びらん性食道逆流症(NERD)の適応を取得しています。

別のアプローチから創薬を考えると、現在の胃酸分泌抑制薬はH+分泌を抑制するものなのですが、Clの分泌機構の研究が進めば今までとは全く異なる機序の酸分泌抑制薬が登場する可能性もあります。数年後、数十年後の消化性潰瘍の医療がどう変わっているのか楽しみですね。

参考文献
この患者・この症例にいちばん適切な薬剤が選べる同効薬比較ガイド2
図説 医学の歴史
治療薬マニュアル2021
病気がみえるvol.1
薬がみえるvol.3
FLASH薬理学
Newton別冊 人体-消化の旅 胃、肝臓、腸など、消化器官の驚異の仕組み