「眠れない」イコール「睡眠薬が必要」ではありません〜ポリファーマシーの「無駄に多い処方」問題の解決に向けて〜

当院でのポリファーマシー(多剤服用による副作用)解消の取り組みを過去にいろいろな形で紹介してきましたが、今回はその中で私が最も難しいと感じた睡眠薬について「睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン」を参考にしてお話ししたいと思います。

不眠症治療の実際

睡眠薬は不眠症に対して処方されますが、不眠症と言っても原因は様々です。原因については2019年10月の記事(『“不眠症”あなたはどのタイプ?~自分に合ったお薬を見つけましょう~』)にあげていますので参考にしてください。高齢者の安全な薬物療法ガイドラインでは「睡眠薬は転倒、骨折、認知機能低下などの副作用が理由で可能な限り使用を控えるように」と書かれています。

しかし、多くの高齢者が睡眠薬の長期服用や多剤併用をされています。眠れないから薬が欲しいという患者さんに医師の指示通りの睡眠薬を簡単に投薬してしまって良いのか疑問に思うことがあります。更に、その薬が漫然と継続されている場合にはそれがベストな選択であるのか不安になります。

現在の不眠症治療は睡眠薬を用いた薬物治療が主流です。現在の薬物療法では効果量(注1)および安全性の両面で改善の余地があると言われています。1ヶ月以上持続する慢性不眠症に陥ると、その後も遅延しやすく極めて難治性である事が明らかにされているようです。そのため図1に示したように長期服用している患者さんにとって治療終了にまで至る事は非常に困難になってきます。
注1:データの単位に依存しない標準化された効果の程度を表す指標

図1、不眠症の治療アルゴリズム

※CBTI;不眠の維持要因となっている生活、睡眠習慣を明らかにし、修正することによって、睡眠改善につながる生活習慣を身につけることを目的とした心理療法

睡眠薬の依存症 ~可能な限り減薬・休薬を!~

睡眠薬を高用量、長期間服用されている方では依存症に陥っている方も少なくありません。特にベンゾジアゼピン系薬物の長期服用で耐性(不眠改善効果の減弱)が形成されてしまうので、睡眠薬を服用して不眠が治っているのであれば、早い段階での減薬・休薬が推奨されています。また、適切に睡眠薬の服用を減らすことができれば、不要な多剤服用による副作用が減ることにもつながります。
ところで、不眠症が改善しているとどのように判断すれば良いのでしょうか。

不眠症の改善とは?~意識的なQOL障害の聴き取り~

不眠症の診断基準として、夜間の不眠症状に加えて、不眠に起因する日中の精神的・身体機能の低下(QOL障害)の存在が定義づけられています。すなわち、夜間の不眠と日中のQOL障害の両者が十分に改善してはじめて不眠症が改善していると言えるのです。
不眠症患者の多くは夜間の不眠症状に集中し、QOL障害については自ら訴える事が少なく、QOL障害については医療者側が意識的に聴き取りを行う必要があります。

表1、不眠症患者のQOL障害の聴き取り

不眠症が改善していると判断しても、実際に睡眠薬を減薬・休薬するには重症度や患者さんが有する心理的・身体的コンディションに大きく依存するところがあり、タイミングが難しいことがよくあります。「睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン」によると「不眠症状が改善し、日中機能に大きな支障がなくなり、不眠や睡眠薬に対するこだわり、固執や依存、不安が緩和されてから少なくとも4〜8週間を経てから、減薬・休薬にとりかかる」とあります。

また、一部の患者さんでは重度不眠、高齢、合併症、ストレスや性格的要因などのために睡眠薬の長期服用が必要になるケースもあり、その場合、依存形成の少ない非ベンゾジアゼピン系薬物やメラトニン受容体作動薬などの選択が推奨されています。

睡眠薬の減薬・休薬の方法 ~安全に減薬・休薬を成功させるには~

休薬に向けて少しずつ服用量を減らしていく方法(漸減法)、時々服薬を休む方法(隔日法)があります。

図2、漸減法と隔日法

1~2週ごとに、服用量の25%ずつ、4~8週間かけて減薬・中止する。多剤併用例では半減期の短い睡眠薬から先に減薬を始めることが望ましい。超短時間作用型の睡眠薬を単剤で服用している場合には、そのまま漸減しても良いが、離脱性の不眠症状が気になる場合には等力価のより半減期の長い睡眠薬に置き換えてから漸減しても良い。

注2:ベンゾジアゼピン系睡眠薬でほぼ満足できる睡眠が得られるようになった段階で、突然服用を中止すると服用前より強い不眠が現れるようになること。一般に作用時間の短い薬剤ほど出現しやすい。

このような方法に加え、認知行動療法、補助薬物療法、心理的サポートが有効であるとされています。神経質な性格、不安、アルコールなどで減量が失敗するケースもあり、成功させるには心理的援助はかなり大切になってきます。睡眠衛生の指導も大切です。

<睡眠衛生のための指導内容>
  • 定期的な運動の奨励
  • 寝室環境の整備
  • 規則正しい食生活;就寝前の軽食(特に炭水化物)は睡眠の助けになる。
    就寝前に脂っこいものや胃もたれするものの摂取は避ける。
  • 就寝前の水分制限;夜中のトイレ回数が増えるため取り過ぎないようにする。
  • 就寝前のカフェイン制限;就寝の4時間前からは摂取しないようにする。
  • 就寝前の飲酒制限;一時的に寝つきは良くなるが深い眠りが減るので控える。
  • 就寝前の喫煙制限;ニコチンには精神刺激作用があるため喫煙は避ける。
  • 寝床での考え事を控える
  • テレビ、音楽、スマホなどの視聴覚刺激を控える

これは睡眠薬導入前の指導にも役立つのではないかと思います。

最後に

基本的に、睡眠薬は無期限に長く服用する薬ではありません。一時的な睡眠薬の服用で不眠症が改善した際には、可能な限り速やかに減薬・休薬すべきことを理解しておかなければなりません。長期服用での減薬・休薬はかなりハードルが高くなりますが、睡眠薬が不要な場合もあり不眠症治療のゴールを見極め、適切な時期に適切な方法で減薬・休薬を行う必要があると感じました。不眠症状改善後には、睡眠薬継続の是非を判定する、漫然と長期処方をしない、適切な減薬・休薬を考慮する等、患者さんに寄り添うことを怠らず睡眠薬に関してもポリファーマシーの解消に繋げていけるよう心がけたいです。