前回は消化性潰瘍薬の中でもメジャーなH2ブロッカーとPPI、ボノプラザンについて説明しました。今回はそれ以外の消化性潰瘍薬についてお話したいと思います。前回と比べてマイナーな薬のため、ややマニアックな内容になりますが最後までお付き合いください。
■酸中和薬
攻撃因子抑制薬の一種で、アルカリで胃酸を直接中和する薬です。即効性はありますが、作用は持続しません。対症療法として使用します。
マグネシウム、アルミニウム、カルシウムなどの金属を含む薬が多く、これらの金属はニューキノロン系抗菌薬など一部の薬とくっついて複合体(キレート)を生成し、その薬の吸収を妨げることがあります。対処法として、影響のない薬に変更するか、時間をずらして服用します。
図1抗コリン薬とピレンゼピンの作用機序の違いイメージ図
ECL:Enterochromaffin-like-Cells ヒスタミンを大量に貯蔵している細胞
M:ムスカリン受容体
H:ヒスタミン受容体
■抗コリン薬
胃の壁細胞・およびECL細胞などのムスカリン受容体に非選択的に拮抗し、胃酸分泌を抑制します。
排尿障害・眼圧上昇・頻脈・腸管運動抑制などの副作用があるため、現在では胃酸分泌抑制目的で使うことはまずありません。
現在胃潰瘍・十二指腸潰瘍に適応のある抗コリン薬はチキジウム、ブチルスコポラミン、プロパンテリン、ブトロピウム、ピペリドレートですが、これらは鎮痙・および消化管運動機能抑制目的で使用されています。
市販の胃腸薬にも抗コリン薬が配合されていることがあります。たとえばキャベジンコーワαに含まれているロートエキスは抗コリン作用があります。これら抗コリン薬は閉塞隅角緑内障や前立腺肥大などの方には使えないことに注意してください。
■ピレンゼピン
M1受容体への選択性を高めた抗コリン薬です。副交感神経節のM1受容体を遮断し、副交感神経末端からのアセチルコリン放出を抑制します。またECL細胞のM1受容体を遮断してECL細胞からのヒスタミン放出を抑制します(図1)。M1受容体以外への作用が弱く、副作用が起こりにくい薬です。しかしやはり少しは抗コリン作用があり、緑内障や前立腺肥大の患者さんには慎重投与となっています。(禁忌ではありません)
■オキセサゼイン (ストロカイン®)
オキセサゼインは、胃酸分泌を促進するホルモンであるガストリンの遊離を抑制することで胃酸分泌を抑制します。また、局所麻酔作用により胃潰瘍の疼痛を抑制します。
■防御因子について~胃を護る防衛機構~
2022.5.13の記事(「消化性潰瘍の話その1 ~胃酸の分泌と潰瘍のメカニズム~」)で防御因子については軽く触れましたが、より詳しくお話します。
胃粘膜は胃酸やペプシン、アルコールや薬剤などの刺激にさらされています。そのような刺激から胃粘膜を保護するものが防御因子です。攻撃因子から胃粘膜を保護する防御因子として胃粘液、プロスタグランジン、粘膜血流、ホルモンのコレシストキニンやセクレチンなどがあります。
胃粘液には糖タンパク質のムチンと重炭酸イオン(HCO3-)が豊富に含まれています。アルカリ性の重炭酸イオンが胃酸を中和し、ムチンが粘膜表面にゲル状に付着して粘膜表面に非透過層を形成します。
プロスタグランジンは必要に応じて細胞膜のリン脂質から合成される局所的な生理活性物質です。様々な種類がありますが、胃粘膜保護に関係するのはPGE1、PGE2、PGI2です。血管拡張による粘膜血流増加作用、胃粘液分泌促進作用、酸分泌抑制作用を示します。
粘膜の血管は細胞に栄養素や酸素を運び、老廃物を除去し、細胞の環境を健全に保ちます。
コレシストキニンは十二指腸や空腸のI細胞から分泌されるホルモンで、セクレチンの増強効果があります。セクレチンは十二指腸S細胞から分泌されるホルモンで、ガストリンを抑制して胃酸分泌を低下させます。
■防御因子増強薬
このような防御因子の力を強める薬を防御因子増強薬といいます。数が多いため、当院にある薬の一部のみ紹介します。
・スクラルファート (アルサルミン®)
別名ショ糖硫酸エステルアルミニウム塩。潰瘍部のタンパク質と結合し、保護層を形成します。ペプシンとも結合してその活性を阻害します。
ほかの薬剤と結合してその薬の活性を阻害することがあるので飲み合わせに注意が必要です。局所的に作用し、ほとんど吸収されません。胎児への影響はなく、母乳への移行もほとんどないため、妊婦や授乳婦の患者さんには使いやすい薬です。ただし、アルミニウムの蓄積によるアルミニウム脳症やアルミニウム骨症が起こる恐れがあるため透析患者さんへの投与は禁忌です。
・ポラプレジンク (プロマック®)
亜鉛を含む胃潰瘍治療薬で、胃粘膜における創傷治癒促進作用、プロスタグランジンを介さない直接的な細胞保護作用があります。かつては適応外ながら亜鉛欠乏による味覚障害に使われることもありました。現在はノベルジン®という薬が低亜鉛血症に適応を取得しています。(薬の副作用からくる味覚障害があるのをご存知ですか?2019.5.6up)
亜鉛によって銅の吸収が阻害され、銅欠乏に伴う汎血球減少や貧血が起こる場合があります。
・アルギン酸ナトリウム (アルロイドG®)
アルギン酸は昆布などに含まれる多糖類です。医薬品の他、医療機器や食品添加物などにも幅広く利用されています。薬としては緑色の液剤、またはドライシロップ剤として利用します。
消化管粘膜に付着することによる粘膜保護作用があり、逆流性食道炎の自覚症状の改善にも用います。粘膜保護作用を高めるため、空腹時に服用します。血小板凝集・赤血球凝集・フィブリン形成促進による止血作用があるのが特徴的で、胃生検時の出血時の止血の適応があります。
・レバミピド (ムコスタ®)
粘液増加作用、PGE2・PGI2増加作用があり、ヒドロキシラジカルを直接消去し胃粘膜障害を抑制します。
・ミソプロストール (サイトテック®)
PGE1誘導体で、胃粘膜のプロスタグランジンを補充します。胃酸分泌抑制作用、胃粘液分泌促進作用を示します。NSAIDs潰瘍に対して単剤でH2ブロッカーと同等の効果があります。
「非ステロイド性消炎鎮痛剤の長期投与時にみられる胃潰瘍および十二指腸潰瘍」にのみ適応があるため、それ以外の潰瘍に使えないことに注意してください。子宮収縮作用があるため、妊婦には禁忌です。
・スルピリド (ドグマチール®)
用量によって効果が変わることで有名な薬です。通常はうつ病や統合失調症に用いられます。D2受容体ブロッカーであり、視床下部に作用し、胃粘膜血流量を増加させます。また胃の運動を促進させ、潰瘍面と胃酸やペプシンとの接触時間を短縮させます。
ほかにも様々な防御因子増強薬があります。
多くは攻撃因子抑制薬よりも効果が劣ります。また、十二指腸潰瘍には適応がない薬も多いです。
例外的にスクラルファートとミソプロストールは単独投与でもH2ブロッカーと潰瘍治療率に差はないとされます。
■最後に
前回と今回で消化性潰瘍の薬について説明しました。しかし消化性潰瘍とひとくちに言っても原因によって治療法は異なります。
次回は胃潰瘍の原因その1、ピロリ菌とその治療について触れたいと思います。
■おまけ~昔から使われていた酸中和薬~
やせ型の人の胃痛や胸やけ、食欲不振に用いる安中散という漢方薬があります。北宋時代に編纂された処方集、「和剤局方」を原典とする薬です。安中散にはボレイ(牡蛎)という生薬が含まれています。ボレイは貝のカキの音読み(蛎は蠣の略字)で、生薬としてのボレイの原材料はカキの「殻」です。ボレイの主成分、炭酸カルシウムは、胃酸を中和する作用があります。ボレイ自体は中国最古の薬物学書といわれる「神農本草経」に収載されている薬です。酸中和薬は大昔から使われてきた薬なのですね。
なお食べた後のカキの殻を砕いて飲むと中毒を起こしかねないのでやめましょう。漢方では専門家が適切に処理した上で使用しています。
参考文献
病気がみえるvol.1
薬がみえるvol.3
治療薬マニュアル2021
薬用資源学(薬学教科書シリーズ) 第2版
「和漢薬の事典」富山医科薬科大学和漢薬研究所編集 難波垣雄 監修