消化性潰瘍のお話その4 ピロリ菌Helicobacter.pylori

かつて、日本人の胃潰瘍の原因の9割はピロリ菌だったともいわれています。最近はピロリ菌の感染者が減り、それ以外の原因による潰瘍も増えてきましたが、その話は次回に回すとして、今回はまずピロリ菌のお話をします。

■ピロリ菌の発見

1983年、かの有名なピロリ菌、のちに学名Helicobacter.pyloriと名付けられることになる菌が胃の幽門部(胃の出口付近)から発見されました。(以下学名略称のH.pyloriで統一します。)H.pyloriは太さ0.5μm、長さ2~4μmのらせん状の菌です。HelicobacterHelicoはらせん、bacterは菌、pyloriは幽門の意味です。
かつて、胃の中は無菌だと思われていました。強酸である胃酸に満ちた環境下で生存できる菌はいないと思われていたためです。H.pyloriの発見は従来の常識を覆しました。

なぜH.pyloriは胃の強酸環境中で生きていくことができるのでしょうか。理由は二つあります。

pyloriは自分の体内でウレアーゼという酵素を作ります。ウレアーゼの働きにより、胃に存在する尿素を分解してアンモニアを生成します。自分の周囲にアルカリ性のアンモニアのバリアを作り、胃酸から身を護ります。
②第1回(消化性潰瘍の話その1~胃酸の分泌と潰瘍のメカニズム~05.13)でも触れましたが、胃は胃酸に傷つけられないよう、細胞の表面をアルカリ性の粘液の層で覆っています。H.pyloriは粘液の層に潜り込むことで胃酸を避けています。

図1 H.pyloriイメージ図

H.pyloriは消化性潰瘍の他、胃癌、メネトリエ病、反応性リンパ組織増殖症、MALTリンパ腫、急性胃粘膜病変など様々な胃・十二指腸疾患のリスク因子です。H.pylori感染者の胃癌リスクは非感染者の5倍以上になるともいわれています。
H.pyloriが纏うアンモニアは、直接胃の細胞を傷つけます。また、近年はH.pyloriが生み出すCagAという病原タンパク質が胃炎や胃癌の発生に関わっていることがわかっています。

正常な胃の表面の細胞同士は密着結合(tight junction)で強固につながっていますが、CagAはこの結合を無効化し、細胞同士をバラバラにしてバリア機能を低下させます。また、細胞の分裂に関わるタンパク質SHP2を活性化し、細胞の異常分裂を引き起こし、癌細胞化させます。
H.pyloriはCagA以外にも傷害因子を産出しており、その働きについても徐々にわかってきています。(表1)

表1 H.pyloriが産生している主な傷害因子

Newton別冊「人体-消化の旅 胃、肝臓、腸など、消化器官の驚異の仕組み」より

また、H.pyloriは、胃関連の病気以外にも、特発性血小板減少性紫斑病、慢性蕁麻疹、鉄欠乏性貧血などの発生に関与している可能性も示唆されています。

H.pyloriの感染経路の話~幼少期の衛生が重要です~

H.pyloriの感染経路について実はまだ不明なところもあります。多くは免疫や胃酸分泌能力がまだ発達していない5歳以下のときに感染が成立し、大人になってから胃炎などを発症します。
一度感染が成立すると、薬物による介入がなければ一生感染は持続します。逆に成人になってからだと、なんらかのきっかけで口から胃に入っても生涯持続することはほとんどないとされます。

H.pyloriの潜伏期間が長いこともあり、いつどのように感染するものなのかについて、なかなかはっきりとしたことはいえないところがあるのです。日本の場合、昔はH.pylori陽性の人が非常に多かったのですが、上下水道が整備された頃から感染率が下がっています。汚染された井戸水を介して感染しているのではないかという説もあります。

また、昔は母親が食べ物を咀嚼し、柔らかくして赤ちゃんに与える習慣がありましたが離乳食の普及や衛生知識の更新などに伴い、この習慣がなくなってきたことも感染率低下の一因と考えられています。

かつて、内視鏡の洗浄能力が不十分だった頃は、患者間で内視鏡を介してH.pyloriが感染したという報告もありましたが、現代日本においては、成人してからの新たな感染を気にする必要はまずないでしょう。衛生環境の悪い外国へ旅行される際は注意してください。

H.pyloriの診断

内視鏡を用いて胃の組織を採取して調べる検査法や内視鏡を用いない方法があり、それぞれ利点や欠点があります。(表2)

広く使われているのは尿素呼気試験です。8時間の絶食後、非放射性同位元素13Cで標識された尿素の錠剤(ユービット®錠)を水とともに服用し、呼気の成分を分析します。H.pyloriが尿素を分解してアンモニアを作れば、標識された二酸化炭素が呼気中に噴出されます。精度が高く、患者さんの負担も比較的少ない方法のため頻用されます。直近でPPIや抗菌薬を使用していると偽陰性になる可能性があることには注意が必要です。(保険適応上は、消化性潰瘍治療薬および抗菌薬を中止後2週間以上経過してから感染診断を行います。)

表2 H.pylori検査法

病気がみえる vol.1より引用

令和4年11月1日から、表2に示す6つの診断法に加え、新しく核酸増幅法も新規の保険適用として認められるようになりました。(保医発1031第5号「ヘリコバクター・ピロリ感染の診断及び治療に関する取扱いについて」の一部改正について)

スマートジーン®H.pylori Gを用いて、胃の内視鏡検査時に得られる胃内視鏡廃液(胃液を含む)をPCR法で調べることにより、H.pyloriに感染しているか、およびその菌にクラリスロマイシンという抗菌薬が効くか、が約50分でわかります。これにより、内視鏡検査当日に適切な除菌薬の選択が可能になりました。

H.pyloriの基本的な治療~とにかく除菌~

まずH.pylori陽性の消化性潰瘍患者の場合、除菌が第一選択です。除菌療法を行うと、多くの場合、潰瘍は再発しません。ただしH.pylori陽性かつNSAIDsを服用している場合は、NSAIDsを中止せずにH.pyloriの除菌を行っても潰瘍が改善しないため、NSAIDs中止が最優先となります。

日本では一次除菌において、胃酸を抑えるPPIあるいはボノプラザンと、抗菌薬であるアモキシシリンおよびクラリスロマイシンの3剤併用療法を行います。これらの薬を朝晩7日服用します。この3剤7日分セットはランサップ®やボノサップ®として販売されています。
二次除菌にはクラリスロマイシンに代わってメトロニダゾールを用います。

消化性潰瘍ガイドライン2020は、日本でクラリスロマイシン耐性菌が増えていることを理由に、一次除菌からメトロニダゾールを用いることを推奨しています(推奨の強さ:強(合意率100%),エビデンスレベル:A)が、現時点ではメトロニダゾールに一次除菌の保険適応がありません。

もしも二次除菌でもH.pyloriを除菌しきれなかった場合はどうなるのでしょうか。日本には三次除菌の保険適応がないため、はっきりと推奨できる方法はないのですが、通常、PPI、シタフロキサシンにメトロニダゾールまたはアモキシシリンを組み合わせた療法を用います。昔はレボフロキサシンを用いたのですが、これも耐性菌が増えたので使われなくなりました。

除菌成功したときに維持療法は必要ないのですが、だからといって安心というわけでもありません。
H.pyloriによって「すでに変質してしまった」細胞があるのなら、それを素地にしたがん化が起こるリスクは依然として存在します。治療後も定期的に胃カメラを受けましょう。

表3 推奨度(消化性潰瘍診療ガイドライン2020より引用)

表4 エビデンスの質(消化性潰瘍診療ガイドライン2020より引用)

■まとめ

H.pyloriは消化器の潰瘍、胃癌の他にも様々な病気の発症に関わっている可能性がある菌です。近年は衛生環境の改善により日本人の新たな感染は減ってきていますが、若い人でも家族、特に母親(※主となる育児担当者)が感染していた場合には自分も感染している可能性があります。
胃のむかつきなどを覚えておられる方で特に上記の条件に当てはまる方は、一度H.pyloriの検査を受けてみることをお勧めします。

■おまけの話~H.pyloriと人類~

人類の起源がアフリカにあることは有名ですね。世界中のH.pylori遺伝子を解析して比較した結果、人類とH.pyloriは、人類がアフリカを出る前からの長いお付き合いであり、人類と一緒に世界中へ広がっていったことがわかっています。

元々のアフリカのH.pyloriはCagAを作る能力がなかったと思われますが、世界を巡っているうちにCagA陽性株に変化してしまったようです。いまでも地域によってはCagAを作る遺伝子を持たない株や持っていてもそこまで発がん性の強くない株などがあるのですが、日本人が感染しているH.pyloriはほぼ100%CagA陽性で、しかも陽性株のなかでも発がん性が強いタイプであることがわかっています。日本人はすぐストレスで胃潰瘍になる、胃腸が弱いというイメージがありましたが、飼っている菌が特に極悪だったのも一因のようです。

ちなみに日本で胃癌の発生率が最も低い県は沖縄なのですが沖縄のH.pylori感染率が低いわけではありません。ストレスの少ない生活や塩分の少ない食事をしていることが理由ではないかと考えられていましたが、最近、そもそも本土と琉球王国ではH.pyloriの株が違ったのではないかということがわかってきました。

現在も世界中のH.pyloriの遺伝子を比較して、人類の詳細な移動経路を調べる研究が進められています。日本の場合、縄文人、弥生人、アイヌなどのルーツについてかなりのことがわかっています。
いずれ思ってもみなかったような歴史がH.pyloriの遺伝子から判明するのかもしれません。

参考文献
消化性潰瘍診療ガイドライン2020 改訂第3版
消化器診療プラチナマニュアル
Newton別冊 人体-消化の旅 胃、肝臓、腸など、消化器官の驚異の仕組み
ぜんぶわかる消化器の事典
病気がみえるvol.1
薬がみえるvol.3
MSDマニュアルプロフェッショナル版
ハリソン内科学 第5版