消化性潰瘍の話<番外編>~PPI、いつまで続ける?~

薬剤科

■PPIの長期投与は危険なのか?

プロトンポンプ阻害薬(以下PPI :Proton Pump Inhibitor)は胃潰瘍・十二指腸潰瘍では投与制限がある薬です。「難治性」と判断された胃食道逆流症(以下GERD:Gastro Esophageal Reflux Disease)の場合、および非ステロイド性抗炎症薬(以下NSAIDs:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs)か低用量アスピリン(以下LDA:Low-dose aspirin)潰瘍の再発抑制に用いる場合には投与の期限はありません。

また、消化性潰瘍診療ガイドライン、GERD診療ガイドラインは酸関連疾患の予防や治療においてPPIの有効性をアピールしています。長らくPPIは安全な薬と言われていましたが、近年、長期投与におけるさまざまな副作用が報告されるようになってきました。

表1.PPI長期投与により報告されている臓器障害

総合診療 vol.31より引用
CDI: Crostridium difficile infection クロストリジウム・ディフィシル感染症

具体的にPPIの長期投与にはどのくらいのリスクとベネフィットがあるのでしょうか?もうすこし調べてみましょう。

■米国消化器学会(American Gastroenterological Association)の見解

米国消化器学会が2017年にPPI長期使用のリスクとベネフィットについてのレビューを出しています。
PPIの関与が指摘されている病気(腎臓病、認知症、骨折、心筋梗塞、小腸内細菌異常増殖症、特発性細菌性腹膜炎、CDI、肺炎、微量栄養素欠乏、胃腸癌)に関する研究を解析した結果、観察研究のみしかない、観察研究とランダム化比較試験の結果が矛盾するなどの問題があるとして、エビデンスの質はいずれもlow(低い)またはvery low(とても低い)であるとしています。

PPI長期投与のベネフィットのエビデンス評価は、食道炎や狭窄を伴うGERDに対してはmoderate to high(中~高)、伴わないGERDに対してはmoderate(中程度)、GERDを伴うBarret食道についてはmoderate to high、伴わないBarret食道については low、NSAIDsによる出血の予防にはhigh(高い)としています。
そのうえで、以下の10項目のベストプラクティス(※最良慣行:ある結果を得るのにもっとも効率の良いと思われる方法)を推奨しています。

表2. PPI長期投与のBest Practice Advice(和訳)

食道pH・インピーダンスモニター:胃と食道のpHおよびインピーダンス(抵抗の値)の変化を調べることで、胃食道逆流の詳細をモニタリングする機械の一種
プロバイオティクス:乳酸菌など、宿主に有益な効果をもたらす微生物
RDA:Recommended Dietary allowance 推奨量。1日に摂取すべき栄養量

またPPIの中止・減量方法についても2022年にレビューを出しています。

表3. PPIの中止・減量についてのBest Practice Advice(和訳)

プライマリ・ケアプロバイダ:アメリカの医療制度におけるかかりつけ医

■前向き研究の結果

2019年、PPI長期投与の副作用に関して大規模な前向きの二重盲検ランダム化比較試験の結果が報告されました。
65歳以上の冠動脈疾患・末梢動脈疾患を有する参加者を対象に、リバーロキサバン単独・アスピリン単独・あるいは2剤併用で服用するようランダムに割付け、さらにPPIのパントプラゾール服用群とプラセボ群にランダムに割付け、有害事象の発生を比較しています。

その結果、PPI群とプラセボ群で心血管イベントの差はなく、従来の観察研究で報告されていた有害事象である胃萎縮、慢性腎臓病、糖尿病、肺炎、慢性閉塞性肺疾患、認知症、骨折についても有意差はありませんでした。

CDIについては、プラセボ群4人/8807人、PPI投与群9人/8791人と数は倍になっているものの、そもそもCDIの発生数自体が少なく、(17598人中13人)有意差はついておりません。一方で、CDI以外の他の腸管感染症はPPI群のほうが有意差ありで多い(プラセボ群90人/8807人、PPI投与群119人/8791人)、という結果でした。
長期的に胃酸を抑制することによって胃酸による殺菌の作用も低下し、有害な菌が腸へ入るリスクが上がるというのは理に適っています。

海外のデータであり、日本では人種の違いにより異なる結果が出る可能性があること、パントプラゾールは日本で使用されていないPPIであり、別のPPIでは異なる結果が出る可能性があること、試験参加者の選択に偏りのある試験であること、胃萎縮のリスクについては過小評価されている可能性があること、多重検定による比較が行われていないことなどに留意しておく必要があります。

■結論

PPI長期投与の副作用に関しては様々な報告が上がっていますが、現時点では副作用のエビデンスに乏しく、前向き研究で有意差が示された腸管感染症についても発生件数は多くありません。適正な投与においては有益性のほうがリスクを上回ると思われます。
不必要な投与はご法度ですが、明確な潰瘍リスクのある患者にPPI継続投与を躊躇する必要はなさそうです。

参考文献
消化性潰瘍診療ガイドライン 2020 改訂第3版
胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021 改訂第3版
総合診療 vol.31

Freedberg DE, Kim LS,Yang YX. The risks and benefits of long-term use of proton pump inhibitors : export review and best practice advice from the American Gastroenterological Association. Gastroenterology 2017;152:706-715

Moayyedi P, Eikelboom JW, Bosch J, et al. Safety of proton pump inhibitors based on a large, multi-year, randomized trial of patients receiving rivaroxaban or aspirin. Gastroenterology 2019;157:682–691.e2.

Laura E. Targownik, Deborah A. Fisher, and Sameer D. Saini.AGA Clinical Practice Update on De-Prescribing of Proton Pump Inhibitors: Expert Review.Gastroenterology 2022;162:1334–1342