進化する予防接種管理~予防接種のプラットホーム化について薬剤師が調べてみた~

薬剤科

1 はじめに

昨今、感染力の強い麻疹の感染拡大についてのニュースを良く目にするようになりました。そこで、みどり病院でも、患者さんから職員への二次感染を防止するため、全職員の抗体検査を行うことになりました。

そもそも感染症対策で最も優先されるのは、ワクチン接種回数です。しかし、過去の予防接種記録を全職員に求めることは現実的でなかったため、まずは抗体検査をして、麻疹感染者に応対できる職員を調査する必要がありました。

予防接種記録は基本的に個人での管理が必要で、母子健康手帳などで確認することができます。また、定期接種の実施主体である市町村長が予防接種台帳で管理していますので、本人であれば記録の開示を求めることも可能です。

しかし、予防接種記録は市町村毎にバラバラに管理されており、転居に伴う市町村間の記録の引継は行われません。このため、転居を繰り返している場合は、複数の市町村に開示を求める必要があります。また、市町村における記録の保存義務期間は5年であるため、記録が既に破棄されている可能性もあり、全ての記録を揃えるのは事実上、不可能でした。

本ブログでは、予防接種記録の管理実態に興味がわき、私なりに調べた結果を載せていますので良かったらご覧ください。

2 概要

いま、厚生労働省やデジタル庁は、マイナンバーカード(公的個人認証)によるオンライン保険資格確認の拡大に合わせて予防接種事務のデジタル化を進めることにより、予防接種記録に関する課題の解決を目指しています。

さらに、予防接種データベース(仮称)を新たに構築し、予防接種情報関連システムと連携させることで、予防接種の有効性・安全性に関する調査・研究の発展を構想しています。予防接種記録の現状と課題そして未来について、政府の取組を紹介します。

3 現状と課題

(1)現状
ア 予防接種事務の現状

予防接種事務は次の手順により実施されています。

  1. 自治体は紙の予診票や接種券を接種対象者に送付
  2. 医療機関は予防接種後に費用請求のため予診票及び請求書を自治体に送付
  3. 自治体は紙の予診票をもとに予防接種台帳に接種記録を入力

59回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会(令和6313日開催)資料1より抜粋

イ 記録確認の現状

自分の予防接種記録を確認する方法は4つあります。

  1. 母子健康手帳や予防接種アプリ
  2. 予防接種済証(自治体窓口で発行申込)
  3. 抗体価検査
  4. マイナポータル(※)

(※)マイナポータルは行政手続の検索やオンライン申請ができる自分専用のサイトで、ログインにはマイナンバーカード(又はスマホ用電子証明書)とスマートフォンが必要となります。予防接種記録や税情報など自治体が保存する個人記録を取得、閲覧することもできるようになっています。

ウ 調査研究の現状

予防接種の副反応に関する基礎データは、医療機関等から独立行政法人医薬品医療機器総 合機構(PMDA)に集約、整理され、厚生労働省に報告されています。厚生労働省は専門家による審議会で評価し、その結果を公表するとともに、必要な措置を検討します。

令和4年11月25日付厚生労働省健康局予防接種担当参事官室/医薬・生活衛生局医薬安全対策課事務連絡「予防接種法に基づく副反応疑い報告制度について(周知依頼)」参考資料1より抜粋

(2)課題
ア 予防接種事務の課題

現状の予防接種事務には次のような課題があります。

  1. 国民:接種のたびに予診票・問診票の手書きが必要
  2. 自治体:健康管理システムへの手入力が必要
  3. 医療機関:接種対象者から提出される予診票・問診票に間違いがある
イ 記録確認の課題

予防接種記録の確認には利用する媒体毎に次のような課題があります

  1. 母子健康手帳 :個人で長期保存が必要、紛失の恐れ
    予防接種アプリ:自治体間でアプリ非連携(転居に非対応)
  2. 予防接種済証 :発行手数料、発行窓口が各自治体に分散
  3. 抗体価検査  :検査費用
  4. マイナポータル:医療機関が直接閲覧できない
ウ 調査研究の課題

予防接種の副反応に関する調査研究(基礎データ収集)には次のような課題があります。

  1. 副反応記録と自治体が保有する予防接種記録が連携されていない
  2. 副反応記録と厚生労働省が保有する匿名医療保険等関連情報データベース
    (NDB) 等が連携されていない

59回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会(令和6313日開催)資料1より抜粋

4 未来

(1)予防接種事務・記録確認のデジタル化

厚生労働省は予防接種記録・予診情報管理システム、費用請求システム及び集合契約システムを構築し、オンライン資格確認等システム(※)及び健康管理システムと連携させることで、次のような課題解決を実現しようとしています。
(※)過去のブログで取り上げていますので、よろしければ参照してください。

【接種対象者】
  • 予診票の電子化により、何度も手書きする手間がなくなる。
  • 接種勧奨の通知をスマートフォンで受け取ることができる。
  • マイナポータルで接種記録を参照できる(参照できる期間が現行の5年から延長)。
【医療機関】
  • 接種対象者の接種記録や接種間隔等をシステムでチェックすることができる。
  • 接種記録を電子的に登録でき、紙の予診票や請求書の自治体への送付が不要になる。

【市区町村】

  • 接種対象者にデジタル予診票や接種勧奨のお知らせを送付できる。
  • 接種記録が健康管理システムへ自動連携されるため、手入力の必要がなくなる。
  • 自治体間で連携して転出入者の過去の接種記録を閲覧できる。

59回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会(令和6313日開催)資料1より抜粋

(2)ビッグデータ化と調査研究への活用

厚生労働省は自治体に予防接種の実施状況の報告を義務付け、新たに構築する予防接種データベース(仮称)において、予防接種記録・予診情報管理システムから匿名化された接種情報を受け取ることを可能とします。

さらに、予防接種データベース(仮称)とNDBを連結させることで、医療保険レセプト情報等も一体的に把握することを可能とし、予防接種関連情報のビッグデータ化を進めます。また、匿名化されたビッグデータは研究機関等の第三者への外部提供を可能とし、予防接種の有効性・安全性の調査研究を大きく進展させようとしています。

5 まとめ

本ブログを書くきっかけは全職員に対する麻疹等の抗体検査でした。医療スタッフだからこそ実施されたことですが、一般の人が抗体検査を行う機会はそうそうありません。
安全に予防接種を行うためには正確な記録が必要です。しかし、自分で責任を持って管理しなければならないものだと分かっていても、できていないのが現実ですので、記録の一元管理は非常に重要だと感じました。

マイナンバーカードの普及によりオンライン上での個人認証が可能となったことで、医療分野の情報管理の在り方は大きく変化しようとしています。特に予防接種事務については、ポストコロナ社会における重要な課題であり、今後大きな進展が見られると思います。

薬剤師にとっても、患者さんのワクチンの投与回数、投与間隔、同時接種は重要な情報です。今回のブログをきっかけに予防接種の記録の在り方も認識しておきたいと感じました。