自然な眠りへ、より安全に〜新しい不眠症治療薬オレキシン受容体拮抗薬の登場〜

薬剤科

不眠症とは 〜高齢者に多く、日常生活に支障をきたす〜

現代社会において、不眠症は非常に一般的な疾患であり、日本人の成人の約5人に1人が慢性的な不眠に悩んでいると言われています。不眠症は、夜にうまく眠りにつけない「入眠障害」、夜中に目が覚めてしまう「中途覚醒」、早朝に起きてしまう「早朝覚醒」、眠った感じがしない「熟眠障害」など、さまざまな症状があり、日中の眠気や倦怠感、集中力の低下など日常生活への影響が少なくありません。

不眠の原因は、ストレス、加齢、体内リズムの乱れ、持病(高血圧、うつ病、糖尿病など)、服用中の薬剤など多岐にわたります。中でも高齢者は加齢に伴う生理的な変化により、不眠症を訴えることが多くなります。

不眠症の治療薬とその課題 〜従来の不眠症治療薬は、効果はあるが副作用や依存性に課題あり〜

これまでの不眠症治療には、ベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系薬剤、メラトニン受容体作動薬などが用いられてきました。これらは一定の効果を発揮しますが、一部の薬剤では、筋弛緩作用による転倒リスク、認知機能への影響、依存・耐性形成などの課題も抱えています。
そのような中、近年登場した新しい機序の薬が「オレキシン受容体拮抗薬」です。

オレキシン受容体拮抗薬とは? 〜覚醒物質オレキシンを遮断〜

オレキシンは、脳の視床下部から分泌される覚醒を維持する神経ペプチドで、OX1RおよびOX2Rという受容体に結合して覚醒状態を保ちます。オレキシン受容体拮抗薬は、このOX1R・OX2Rを同時に遮断し、自然な眠気から睡眠へ導く薬剤です。

GABA受容体作動薬のように全体的な脳活動を抑制するわけではないため、日中の活動性や認知機能に与える影響が少なく、依存性や離脱症状のリスクも低いと言われています。

クービビック®錠とは? 〜第3のオレキシン受容体拮抗薬 特徴は翌日の持ち越しの少なさ〜

2024年12月に発売された「クービビック®錠(一般名:ダリドレキサント)」は、ベルソムラ®(スボレキサント)、デエビゴ®(レンボレキサント)に続く、国内3剤目のオレキシン受容体拮抗薬です。
クービビック®は、これまでのオレキシン受容体拮抗薬と比べて作用時間が短く、翌日への持ち越しが少ないことが特徴です。

用法・用量と注意点 〜就寝直前の服用やCYP3A4関連薬との併用に注意〜

成人では、通常就寝直前に1回25〜50mgを経口投与します。
食後の服用では効果発現が遅れる可能性があるため、なるべく空腹時または就寝直前の服用が推奨されます。肝機能障害や高齢者では、25mgからの開始が推奨されます。
代謝はCYP3A4を介して行われるため、CYP3A4阻害薬(例:イトラコナゾールなど)との併用には注意が必要です。

有効性と安全性 〜総睡眠時間の延長と軽度な副作用〜

クービビック®錠の血中濃度最高到達時間(Tmax)は1時間、半減期は8時間と、既存オレキシン受容体拮抗薬の中では最も短い部類に入ります。これにより、効果的に眠気を誘導しながらも、翌朝のふらつきや倦怠感などの「持ち越し効果」が軽減されています。

日本人不眠症患者を対象とした国内第Ⅲ相試験では、クービビック®錠50mgおよび25mgのいずれも、プラセボに比べて有意に総睡眠時間を延長し、入眠までの時間を短縮することが示されました。50mg群では総睡眠時間が約40分延長、入眠時間が約17分短縮、25mg群では総睡眠時間が約30分延長、入眠時間が約13分短縮されています。

副作用としては、眠気、頭痛、めまい、倦怠感、悪夢などがありますが、いずれも軽度であることが多く、依存性や離脱症状のリスクは非常に低いとされています。しかし、まれに睡眠時随伴症(夢遊症、ねごと等)が報告されているので、注意が必要です。

1、オレキシン受容体拮抗薬の比較

まとめ 〜不眠症治療の新たな選択肢の登場〜

不眠症治療では、一人ひとりの症状に適した薬剤の選択が重要です。クービビック®錠は、自然な眠りを促しつつ翌朝の活動を妨げにくいという点で、新たな治療選択肢として期待されています。ただし、すべての不眠に万能ではないため、生活習慣の見直しや睡眠衛生の改善など、非薬物療法との併用が理想的です。
今後の臨床経験の蓄積により、より安全で効果的な使用法が明らかになることが期待されます。薬剤科では今後も最新の薬剤情報を踏まえ、適正使用の推進に努めてまいります。

参考文献
クービビック®・ベルソムラ®・デエビゴ® 添付文書
クービビック®錠 国内臨床試験データ(078A304試験)
今日の治療薬2025
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