失語症、空間無視、記憶障害、注意障害とともに暮らす〜高次脳機能障害を合併したAさんのリハビリテーション~

今回は、高次脳機能障害の患者様との関わりについて書きたいと思います。
その前に「高次脳機能障害」について、少し説明させてください。

私たちは、様々な情報を視覚、聴覚、味覚、嗅覚などを通して知覚し、更に認識しています。その情報を脳内で処理し、分析や記憶をして、また必要な時に情報を取り出して、その場に適切な行動を行っていく機能を有しています。この機能を認知機能と呼び、それが様々な原因によって障害された状態を、「高次脳機能障害」と呼びます。様々な原因と書きましたが、それは例えば脳梗塞や脳出血、また交通事故や転倒による脳の外傷などが挙げられます。

そして、高次脳機能障害は、失語症や失行、失認など、様々な症状があります。これらについて興味がある方は、色々な書籍がありますので、是非そちらを見て頂ければと思います。とても長くなってしまうので、今回は割愛させてください。

上で述べているように、高次脳機能障害は脳の病変により起こる障害です。ご存じのように、当院には脳神経内科や脳神経外科はありません。では、なぜそんなみどり病院に、高次脳機能障害の患者様がおられるのか…

若いころは元気でも、年齢を重ねるうちに、色々な病気を抱えながら生活されている方は多くおられます。例えば「今は心不全で通院しているけれども、3年前に脳梗塞を患っていました。その時から少し言葉が出てきにくいです(これは高次脳機能障害でいう失語症)」という話を伺う事も、珍しい事ではありません。

以前に転倒後のリハビリ目的に当院に転院、しばらく入院されていた患者様、高次脳機能障害も合併していたAさんについてお話をしたいと思います。

Aさんは20年ほど前、脳梗塞を発症した後、軽い麻痺が残り、軽度の歩行障害はありつつも仕事に復職し、定年まで仕事を続けられました。しかし、ご家族様に伺うと、「近頃は物忘れがあったり、少し歩きにくさや話しにくさが目立つようになってきた。」とのことでした。

また、奥様が「もう一人で出歩くのは危ないからやめたら?」というアドバイスをしてもまるで聞く耳を持たず、頑固な一面が強くなってきていたとの事も伺いましたが、日常生活には、大きな支障はなく過ごされていたようです。

そして今回、趣味の散歩の最中に、道路で転倒してしまいました。頭を強く打ちましたが、幸いにも骨折などはなかったので、ご家族様は落ち着けばすぐ自宅に帰れるものだと思っておられたようです。しかし、転倒時の脳挫傷の後遺症による高次脳機能障害が見られ、歩けなくなり、お話も出来なくなってしまいました。

Aさんの生活は大きく変わりました。仕方がないとは言え、病院での生活は不自由を強いられるものです。行きたい時に、行きたいところに気ままに出かけていた生活は一変し、恐らくそれだけでも大変なストレスだと想像できます。

当院に入院してこられた時の、Aさんの高次脳機能障害は以下の様な症状がありました。

①失語症(言語の障害):耳はしっかり聞こえており、口もしっかり動きます。でも、言いたいことがうまく頭の中でまとまらず、口に出して伝えることが出来ません。Aさんは、他人が言っていることは、半分程度は理解出来ていた様です。しかしそれは、言葉だけではなく、周囲の状況も併せて理解していたものと考えられます。どういうことかと言うと、例えば看護師さんが話しかけてくれたとき、手に持った食事のトレイを見て、「ご飯を食べましょう」と言われたと理解するという感じです。それに対し、自分が言いたいことは、単語レベルでしか話せませんでした。寝起きの「おはよう」や、助けてもらった時の「ありがとう」、食後の「ご馳走様」など、その場に応じた挨拶は言えるのですが、「昨日はよく眠れました」や、「今日のご飯は美味しかったよ」などの文章は言えませんでした。

②右側無視(自身の右側の認識が上手くできない):元々の軽度の麻痺はそれ以上増悪しなかったのですが、麻痺の影響ではなく、右側に注意を払う事が難しくなりました。車いすに乗って、Aさん自身の足で漕いで動けるようになってからは、何度も右側をぶつけるようになりました。目は見えているのです。でもそこに注意が向けられず、身体の右側が壁などにぶつかりそうになります。リハビリ中は、勿論ぶつかる前に阻止しますが、ベッド上でゴロゴロしている時でさえ、ベッド柵で擦り傷を作っていることがありました。怪我をしていても、それさえ気づいていない事が多くありました。

③記憶障害:転倒する前から、物忘れはご家族様も気にされていたようですが、それが更に強くなりました。失語症(言語障害)もあるので、覚えていてもうまく伝えられないという一面もありますが、何度も繰り返し「何で(ここにいるの)?」や、「(左手でぶつけた右腕を触りながら)何で?」と聞いてこられます。その都度、転倒して頭を打ったこと、ここは病院であることを伝えてきましたが、毎回「そうなんかぁ!!」と驚く様子が見られました。

④注意障害(注意散漫で、他の刺激があると気が散ってしまう):「注意障害」というと、「集中できない」と思われがちですが、それだけではありません。例えば、ベッドから車いすに移動しようとする時を例に挙げてみます。通常であれば、ベッドの端に座り、靴を履きます。そして、車いすに手を伸ばし、一度立ち上がってから車いすに座ります。

ところがAさんの場合は、靴を履くことに集中し、身体が下に転がり落ちそうになる事に気が付かないなどがあります。「危ないですよ」と声かけして、身体を支えますが、そこまでしても危ない状況に気づけません。やっと靴を履いても、今度は靴を履きながら見えた自分の足元のパジャマが気になります。

そこで、私が車いすをトントン叩いて、車いすに注意を向け、「今からこちらに移りますよ」と声かけして、やっと車いすに手を伸ばすことが出来る、といった状況です。入院当初は、なかなか次の行動へ移ることが難しく、3分で終わるはずの動作に10分かかるという事も多くありました。

また、転倒したことを含め、身体状況や今現在Aさんが置かれている状況を今一つ理解できていなかった事から、うつ症状なども見られました。リハビリのためベッドサイドに迎えに行っても、「イヤ」とだけ言われ、プイと顔を背けてしまったり、暗い表情で笑顔が見られなくなったりする事もありました。

長く続くコロナ禍のため、当院でも面会制限があり、ご家族様に会えないこともストレスの一因だったのではないかと想像されます。見ず知らずの人に囲まれ、状況もよくわからない上、身体も思うように動かないというのは、大変辛い状況だったと容易に想像できます。

その中で、私達リハビリスタッフは、どのようにすればAさんが少しでも快適に病院生活を過ごせるか、そして勿論、現在の高次脳機能障害が少しでも軽減し、Aさんらしい生活を送れるようになるかを考えながらリハビリを行っていきました。

まず、出来る限り同じ時間にリハビリを行うようにしました。病院生活ですから、不定期に検査が入ったり、たまに熱が出たりしてリハビリ出来ない日もありますが、出来るだけ毎日、決まったリズムで生活することは、安心感にも繋がると考えています。

青い服を着たスタッフが、お昼ごはんを食べたら迎えに来て、見晴らしの良い部屋に連れて行ってくれる、という事を毎日続けていると、次第に青い服を着ているスタッフの顔を覚えて手を振ってくれるようになりました。そして、いつも行く見晴らしの良い部屋は、歩く練習やお話を多くする場所である、ということを、おぼろげにでも理解されている事が分かります。

またAさんは、机の前に座って(勉強するように)行う言語リハビリを大変嫌っておられました。言語リハビリでは、机にリハビリスタッフと患者様が向かい合って座り、絵カードを並べて話す訓練をすることが往々にしてあります。

特にAさんの様に、失語症状がある方は、入院直後の言葉の理解について、「聞く・話す・読む・書く」の4側面を詳細に評価するためにテストを行う事が多いのですが、それが全く出来ませんでした。それは結局、3か月後に退院されるまで続きました。

ですから、日常生活の中で少しずつ評価を行い、Aさんが苦手な分野を、拒否が出ない方法で訓練する必要があります。みどり病院のリハビリ室は大変見晴らしがよく、天気が良い時は淡路島まで見えます。ですから「ほら、あそこに見える島は何でしたっけ?」や、サイレンの音が聞こえると「ほら、何か聞こえる!あれは何の音ですか?」と物の名前を尋ねる質問をしたりします。そういった、日常会話の一部のように言語訓練を行う方法を取ることで、拒否なく訓練を実施することが出来ました。

そして、長い入院生活を経て、Aさんはご自宅に帰ることが出来ました。奥様がまだお元気で、隣には娘様夫婦が住んでおられ、環境に恵まれていたことが自宅退院出来た理由と思われます。しかし、日中ずっと奥様と2人、自宅で過ごすことは少し大変なので、平日はデイサービスに通われることになりました。毎日散歩に出かけるほど出歩くことが好きだったAさんですから、デイサービスに行くことは楽しみの一つになるのではないかと思われました。

退院時の高次脳機能障害について書きたいと思います。

①失語症(言語の障害):入院当初からまずまず良かった聞き取りの理解と周囲の状況理解は、更に改善しました。そのため、ストレスも少し軽減したのでしょう。入院して暫くしてから出現したうつ症状は、退院時は殆ど見られないようになりました。しかし、自らが発話することについては、退院するまで困難でした。退院時の口癖は「何でかなぁ…」でした。しかし、リハビリ中に「良くなってる?嬉しい」と言われることが何度もありました。

②右側無視(自身の右側の認識が上手くできない):退院時まで右腕や右足をぶつけることはありましたが、長袖を着たり、靴下を履くことで皮膚を守るよう気を付けました。車いすを漕いでもらっている後ろを歩きながら「右、右」と声かけすることで、壁への激突は回避可能になりました。それでも、車椅子に乗り一人で病棟内を移動する許可は出ませんでした。

③記憶障害:こちらについては、退院まで殆ど変りませんでした。が、「みどり病院に入院している」「転んで頭を打った」という事は、認識できるようになりました。

④注意障害(注意散漫で、他の刺激があると気が散ってしまう):退院時には、多少の改善があったと思われます。①の失語症でも書きましたが、聞き取りの理解と周囲の状況理解が改善したことと連動していると考えています。注意障害が良くなったという側面に加え、言葉掛けに対する理解が改善したため、逸れていた注意を戻すことが出来るようになったことも大きいと考えています。

私達病院スタッフは、Aさんが入院していた、たった3ヶ月ほどの関わりでした。転倒して怪我をされ、生活が一変してしまった一番大変な時期は過ぎましたが、入院前の自由に動けていた頃に戻れたわけではありません。自宅に帰ったあとからの方が長く、退院後のAさんとご家族様とが、高次脳機能障害とうまく付き合いながら生活する方法を考える事が重要だった、と私は考えています。

本来であれば、外来リハビリを行いながら、Aさんとご家族様から自宅での状況を伺い、一緒に問題解決が出来ればと考えていましたが、コロナ流行により外来リハビリが制限されてしまったため、それを行う事が出来ませんでした。ですから退院の時に、ご家族様に出来る限り分かりやすくAさんの高次脳機能障害についてご説明させていただきました。どうやら今もお元気で過ごされているようで、嬉しく思っています。

今回は、高次脳機能障害をもつ患者様のリハビリテーションについて書かせて頂きました。冒頭にも書きましたが、高次脳機能障害は、必ずしも珍しい障害ではありません。みどり病院では、このようなリハビリも行っていると知って頂ければ幸いです。私たちは、あなたの「自分でできる」を応援しています。

記事を書いている今、外では秋の虫が鳴いています。まだまだ、昼間は暑く、夜は寒く、温度差がある日々です。秋ならではの美味しい物を食べて、風邪などひかず、元気にお過ごしください。