口腔ケアの効果とその方法②~口腔機能を維持・向上するための機能的ケアについて~

<はじめに>

口腔ケアには大きく分けて「口の中を清潔に保つための器質的ケア」と「食べる・話すなどの口腔機能を維持・向上するための機能的ケア」があります。
今回は、機能的ケアについてご紹介します。

<口腔機能とは>

「口」には主に、「食べること(咀嚼・嚥下)」「話すこと(発声・構音)」「呼吸をすること」「表情をつくること」の4つの機能があります。口腔機能とは、それらを円滑に行うための唾液を分泌する働き、口周り(唇・舌・頬・顎など)の動きを指します。

口腔機能が問題なく働くには、唾液が適度に分泌されており、口周りの筋肉の動きがスムーズである必要があります。しかし、加齢による衰えや病気などにより、これらの機能は低下してしまうことは少なくありません。最近口が渇きやすい、軟らかい物を食べることが増えた、食べこぼしが多くなった、よくムセるようになった、などご自身やご家族で思い当たることはありませんか?これらは些細な変化で気がつきにくいのですが、口腔機能の低下の始まり、もしくはすでに低下している状態かもしれません。

そして、口腔機能の低下は高齢者に限ったことではありません。現代人は軟らかい食事が多く、昔の人に比べると「しっかり噛む」ことが少なくなっていると言われています。つまり、若い内から「噛む力」が弱くなりやすいのです。更に新型コロナウィルス感染予防のため、外出や人と話す機会が減る、マスク生活で呼吸が浅くなりやすいなど、近年は年齢に関係なく、口腔機能を使用する頻度が減りやすい状態にありました。

身体の筋肉が鍛えなければ衰えるのと同じく、口周りの筋肉も鍛えたり、使う回数が少ないとどんどん衰えてしまいます。口腔機能が低下すると、前述した口の主な4つの機能に支障が出てしまいます。

<機能的ケアとは>

機能的口腔ケアは、唾液分泌を促す・口周りの筋肉や舌を動かすことによって口腔機能の維持・向上を目指すケアのことをいいます。口腔内と口周りを清潔に、そして健康に保つには、器質的ケアと機能的ケアを組み合わせることが、より口も身体も健康に繋げることができます。器質的口腔ケアと並行して継続的に行うことが大切です。
(※器質的ケアは一般的な歯磨き(口腔清掃)のことです。)

<機能的ケアの効果>

〇唾液の分泌促進

年齢とともに唾液が出にくくなり、口の中が乾燥しやすくなります。唾液には歯の表面 や歯の間に付いた歯垢や食べかすを洗い流す自浄作用があります。口の中が潤うことで、口の機能を円滑にする働きがあります。

〇味覚や口臭の改善
〇身体の健康を守る

口のトラブルは全身にも影響を与えます。口の中を清潔に保つことで、風邪やインフルエンザなど感染症予防に繋がります。また、嚥下障害により唾液や食べ物が誤って気道に入り生じる誤嚥性肺炎や心疾患、糖尿病などのリスクを減らすことができるとも言われています。

〇QOL向上

QOLとは生活の質のことをいいます。口が健康であることで、好きな物を美味しく食べることができる・表情豊かにコミュニケーションをとることができるなど、生活の質を向上させることに繋がります。

〇コミュニケーションの促進

口腔機能が向上すると、発音が滑らかになり、意思疎通が円滑に進みます。更に、表情が豊かになり、より話を活発にする助けになります。表情が豊かになることで精神的な健康を保つことができるという点においても、口腔ケアは大きな効果が期待できます。

〇認知症予防

近年の研究で、歯周病とアルツハイマー型認知症との関係性がわかってきました。マウスを使ったある実験では、歯周病のマウスはそうでないマウスに比べて、アルツハイマー病の原因となる「アミロイドβ」の蓄積が面積で約2.5倍、量では約1.5倍多くなっていたという結果報告があります。歯周病の原因菌が脳の炎症を引き起こしているとみられ、直接の原因ではないにせよ、アルツハイマー病の発症に何らかの影響を与えているのは間違いないと考えられています。

また、2011年に神奈川歯科大学が発表した研究報告によると、自分の歯が無く入れ歯も使っていない人は、歯が20本以上ある人に比べて、認知症を発症するリスクが1.9倍も高くなっているそうです。他にも、2008年には自然科学研究機構の研究者らが「噛む」という行為が脳を活性化すると報告しています。

「咀嚼」の顎を開けたり閉じたりする行為が、脳に酸素と栄養を送ることから、脳の認知機能の低下を予防する効果があると言われています。更に、記憶を司る「海馬」という組織の神経細胞が増加するという報告もあります。

<機能的ケアの方法>

では、口腔機能を維持・向上するための具体的な方法についてご紹介します。

〇唾液腺マッサージ

口の乾燥を防ぐために行います。
唾液に含まれる消化酵素が消化を助けたり、抗菌物質が口の中の細菌の増殖を抑え、粘膜を保護したり若返らせるなど、多くの役割があります。唾液腺と呼ばれる部位をもみほぐしてあげることで唾液が出やすくなります。

特に大きな唾液腺は下図の耳下腺、顎下腺、舌下腺の3つです。力を入れすぎないように注意しながら、やさしく指でマッサージしていきましょう。それぞれの場所を、口が渇いている時や食前に5~10回行うことが目安です。

a耳下腺
耳たぶの前、上の奥歯あたり
b顎下腺
顎の骨の内側の柔らかい部分
C舌下腺
顎の先の内側、舌の付け根あたり

※注意点
・不整脈がある方:

耳下腺の近くには血圧を調整する器官があります。唾液腺マッサージによる圧迫を身体が血圧の上昇と勘違いし、血圧を下げようと調整してしまいます。結果として血圧が低下する、脈が遅くなる可能性があります。

・口腔癌、咽頭癌、唾液腺腫瘍、唾液腺炎がある方:

刺激することで症状が悪化する恐れがあります。

上記の他、唾液がうまく飲めない方(嚥下障害)や、刺激することで痛みや不快感がある方は実施を控えて下さい。

〇嚥下体操

嚥下体操とは飲み込みに必要な筋肉をトレーニングする体操のことです。口の周りの筋肉を動かすことで、唾液の分泌を促し、咀嚼・嚥下・発声などの機能の衰えを防ぐことが出来ます。嚥下体操は「首のストレッチ」「肩の体操」「口の体操」「頬の体操」「舌の体操」が一連の流れで、飲み込みに必要な筋肉をバランスよく使うことができます。

また、普段の生活の中で下記のように意識することや新しいことを取り入れてみることも効果的です。毎日続けられそうなものを選んで行うことが大切です。

〇しっかりよく噛んで食べる

よく噛むことで唾液の分泌が促進され、消化力も高まります。
また、顎や喉の筋肉が鍛えられ、「噛む力」「飲み込む力」が高まります。

〇バランスのよい食事をおいしくとる

低栄養状態を防ぎ、身体機能の維持・向上が期待できます。「おいしい」と食べる喜びを感じることができ、精神面への影響も加味されます。

〇姿勢を正すことを意識する

姿勢を正すことで呼吸がしやすくなり、口腔機能全てにおいてプラスに働きます。

〇たくさんおしゃべりする

話すことで唇・舌・頬・喉と口の動き全般の運動になります。

〇歌を歌ったり早口言葉に挑戦してみる

歌うことは話すこと以上に口の動きを鍛えることになります。早口言葉も早さが求められる分、口の運動になります。

<おわりに>

口腔機能が低下すると、生活面も精神面も大きく影響を受けることを、患者さんと関わる中で日々痛感しています。生活面においては、特に「食べること」に支障が出ると「元々食べていた食事が食べられない」、「食事がとれないので元々過ごしていた場所に帰れない」など、生活が入院前と全く違うことになってしまう場合があります。精神面においては、「食べること」「話すこと」が制限されると、消極的・悲観的になりやすく、心身の不調が改善されにくい傾向にあるように思います。

今回ご紹介した「機能的ケア」は、皆さんがイメージする「口腔ケア」とは少し違ったものだったのではないでしょうか。「口腔ケア」と言うと硬い印象を受けがちですが、することは「歯磨き」と「口を動かすこと」の2つです。字面だけ見ると、とても身近な行為だと思いませんか?

低下してしまった機能を向上させるには時間も労力も必要です。ご自身やご家族の口の状態で最近気になることがある方はもちろん、口の健康を守る予防の面でも、今回ご紹介したマッサージや嚥下体操を試してみるのはいかがでしょうか。

患者さんや周りの方が今からできることをやりたい!と思われた時、そのお気持ちを後押しできるような、取り組みやすい予防方法や実践方法をご提案できるように努めていきたいと思います。口の健康を保ち、全身の健康保持に繋げていきましょう。

みどり病院リハビリテーション科はあなたの“自分でできる”を応援します。