SPPB ~高齢者の身体機能低下の早期発見と効率的なリハビリ介入~

日本は急速な高齢化が進んでおり、2023年時点で65歳以上の高齢者が全人口の約30%を占めています。高齢期における日常生活活動(activity of daily living:ADL)能力は、自立した生活を営むために重要な能力であり、身体機能をはじめ、認知・精神機能、社会的な環境などの諸要因が影響を及ぼします。身体機能が低下すると、転倒や寝たきりのリスクが増加し、介護が必要となる可能性が高まります。

なかでも、下肢筋力やバランス、歩行速度といった下肢機能は加齢によって低下しやすく、ADL能力の低下をもたらす要因となります。そのため、高齢者の身体機能を適切に評価し、将来のADL低下の危険を早期に把握するとともに、適切な介入で改善を図ってADL維持・向上につなげることは高齢期におけるリハビリテーションの重要な役割といえます。

今回の記事のテーマである、SPPB(Short Physical Performance Battery)は、1990年代にアメリカの研究者らによって開発された、主に高齢者の身体機能を簡便に評価するためのテストです。バランス、歩行、下肢筋力の3項目で構成され、短時間で包括的に高齢者の下肢機能を中心に評価できるため、医療や介護、リハビリテーションの現場で広く活用されています。高齢者を対象とした臨床的に使用されている様々な身体機能評価指標の中で、信頼性・妥当性・実現可能性の面から最も推奨される指標とされています。

《SPPBの構成と評価方法》

SPPBは、①バランスの評価として、異なる立位姿勢保持の可否およびその保持時間、②歩行の評価として、通常速度での4m歩行時間、③下肢筋力の評価として、椅子からの5回立ち上がり動作時間、をそれぞれ各0~4点、合計12点満点で評価します。

①バランステスト
閉脚立位→セミタンデム立位→タンデム立位の順番で各10秒保持可能かどうか。

②歩行テスト
4mの距離を通常の歩行速度で歩くのに要した時間。

③椅子立ち上がりテスト
胸の前で腕を組んだ状態で、できるだけ速く椅子から5回連続で立ち座りするのに要した時間。

SPPBの総得点が高いほど身体機能が良好であることを示し、解釈としては以下のように評価します。

0~3点:極めて低運動機能
4~6点:低運動機能
7~9点:中等度の運動機能
10~12点:運動機能良好

《SPPBのスコアとその意義》

SPPBは高齢者の身体機能の低下を早期に把握し、転倒リスクの予測やサルコペニアの診断、さらには予後予測や死亡率の評価にも重要な役割を果たしています。2019年にアジアのサルコペニアワーキンググループが報告した、サルコペニアの診断基準(AWGS2019)において、SPPBは身体機能の低下を評価する指標の一つとなっており、その基準値は「SPPB≦9点」とされています。

サルコペニアとは、加齢による筋肉量の減少および筋力の低下のことを指し、サルコペニアになると、歩く、立ち上がるなどの日常生活の基本的な動作に影響が生じ、介護が必要になったり、転倒しやすくなったりします。65歳以上の高齢者の15%程度がサルコペニアに該当すると考えられており、この割合は加齢に伴って増加すること、女性よりも男性で高くなることなどの特徴があります。
その他にも、SPPBについての先行研究では、以下のような報告があります。

  • 地域在住者や外来・入院患者といった異なる背景の高齢者を対象とした解析において、SPPBが10点未満の方は全死亡の予測因子として優れている。
  • SPPBが8点以下の場合、心血管疾患や骨折、転倒による入院リスクが著しく高まる。
  • SPPBが6点以下の場合、転倒リスクが高い。
  • 心臓手術前のSPPBが9点以下の場合、手術後の歩行再獲得が遅延する。

《SPPBとリハビリテーション》

SPPBはリハビリテーション計画の立案や介入効果の評価にも有用であり、バランス訓練や歩行訓練、筋力トレーニング等の介入を実施する前後で測定することで、身体機能の改善を客観的に評価できます。当院でも、SPPBをはじめとする様々な評価方法を適宜使用しながら、高齢者の身体機能の低下を早期に発見し、適切なリハビリテーション介入を行うことで、ADL能力の向上や介護予防、健康寿命の延伸に貢献できるよう努めています。最後に、実際に私が担当させて頂いた患者様の具体例を挙げさせていただき、今回の記事を終わりたいと思います。

<患者A様> 70代 女性
#急性大動脈解離(手術後にリハビリ目的にて当院へ転院)
リハビリ介入当初は、心臓手術後で状態が落ち着かなかったこともあってか全般的に身体機能が低下しており、歩行は不安定でスピードも遅く、椅子からは支えなしでは立ち上がれない状態でした。その後、約1ヵ月のリハビリを経て、自主トレーニングを積極的に行われたことも奏功し、屋内移動は独歩(支えなしで歩く)、屋外移動はシルバーカーで自立、その他のADLも自立レベルとなられ、自宅退院されました。

<患者B様> 90代 女性
#うっ血性心不全(急性増悪)
リハビリ介入当初は、90代とかなりの高齢だったこともあり、少しの動作で息切れが生じ、支えなしで立っておくこともままならない状態でした。その後、患者様の状態に合わせ、少しずつ運動負荷を上げていきながら、約3週間のリハビリを実施し、自宅内の移動は独歩で可能なレベルとなり、デイサービス等を導入した上で、自宅へ退院されました。

みどり病院リハビリテーション科は、あなたの自分でできるを応援します。