人は出会いと別れを繰り返して生きています。希の丘でもたくさんの出会いと別れがあり、私もこの希の丘に来てたくさんの出会いと別れを経験しました。
今日お話するHさんは、普段は物静かですが、いざ施設内のカラオケ大会が始まると優勝するほどお元気に歌を楽しまれる方でした。
Hさんは2016年8月、開設して間もない希の丘に入所されました。初めはどちらかというとおとなしく、皆さんのことを遠目にみて、にっこりされている方という印象でした。Hさんはとても聡明な方で、周りのことをよく見ていらっしゃいました。特に私たち職員にとってはHさんの言葉に「はっ」と気づかせていただくことがありました。
入居時にはおとなしい印象だったHさんが、ある時から突然大きな声で「ドロボー!」と叫ばれるようになりました。もちろん本物の泥棒はいません。理由がわからず、Hさんによくよくお話しを聞くと、「あんたらと私の時間は違う。私らには時間がない。そんな私をここにチーンと座らせて何もさせへんのは時間泥棒や」と、言われたのです。「時間泥棒」、思いもしなかった言葉にとても胸が締め付けられました。ごもっともなお言葉でした。
それから私たちは襟を正す気持ちで、Hさんと向き合いました。Hさんが私たちに気づかせてくれたのは、「単に座っているだけの時間」で入居者さん達の時間を無駄に使うわけにはいかないということです。
Hさんは他にも、「やかましい!」と職員に仰ったことがあります。理由は、私たち職員が自分達だけで楽しそうに話しているのは不快だからです。その通りです。私たちはHさんの言葉を真摯に受け止めて、職員皆で考えました。そして、当施設のフロアを「入居者の皆さんの自宅」だと考え、私たちがご自宅にお邪魔している気持ちでフロアに入ることを希の丘のルールとして決めました。
長い間介護士として働かせていただきましたが、入居者さんの言葉にこんなにも心を揺り動かされ、そしてハッと大切なことに気づけたのはHさんがハッキリと気持ちを言葉に出してくれたおかげです。
私たちに多くのことを教えてくださったHさんは、昨年の11月に他界されました。私たちは長く入居者さんとお付き合いさせていただき、娘とまではいきませんが、それに近い存在になりたいと常日頃から思っています。そのような関わりの中で、終末期を迎えられた入居者さんの最後の時間は本当に特別な時間です。希の丘の職員たちも、最後の時が近づいてきた入居者さんに対しては、「私の出勤の時に」「私の夜勤の時に」と、できるだけ自分自身で入居者さんを看取りたいという思いで働いています。
この度、Hさんはお別れの日の担当に私を選んでくださったようです。
Hさんは最期の時を迎えられました。娘さんにも感染症対策をしていただき、居室内で2人の時間を過ごされていた時でした。深夜、娘さんが私を呼びに来られました。訪室し、Hさんの様子を見て最期の時を迎えられたと感じました。血中酸素飽和度を計測させていただき、「もう息が止まっていますね」とお伝えすると、娘さんは「そんなことないですよ、ほらまだ動いていますよ」と泣きながら話されました。娘さんは、いつかはくる別れを覚悟していましたが、いざその時が来ると、「本当にやって来るとは。」という、そんな気持ちだとお話ししてくださいました。
Hさんとお別れをしてから数ヶ月が経った今も、時々、フロアから「おーい」と、大きな声で職員を呼ばれるHさんのお声が聞こえたような気がします。
出会いはあるけどお別れも。。
寂しいですが、私たちは希の丘でこれからもたくさんの出会いと別れを重ねていくことでしょう。
一つ一つの出会いを大切に。お別れまでの日々を丁寧に積み上げていきたいと思います。
最後に、「Hさん、ありがとうございました。」