父らしく生きてもらうために出来ること~娘として、看護師として~

私には90歳近い高齢の父がいます。
慢性関節リウマチ(RA),脊柱管狭窄症、慢性閉塞性肺疾患(COPD),前立腺肥大などの沢山の基礎疾患を持ち、みどり病院や実家近くの訪問看護のお世話になりながら生活しています。

リウマチは50歳代のころから関節痛があり、かかりつけの開業医で痛み止めや電気治療を受けていました。徐々に関節の変形が出てきて痛みも改善されないため、当時、私が勤めていた病院の整形外科を受診し、「血液検査ではリウマチ反応はみられないがおそらくリウマチだろう」との診断があり、内服治療を開始しました。

しばらくして、県立リハビリ病院に勤める従姉に久しぶりに会い、父を見て「リウマチ専門の良い先生が居るから一度連れておいで」と勧められました。診察を受けた医師から「検査では反応が出ていないが経過とレントゲン、視診からリウマチです」と確定診断を受けました。その時既に歩行にはかなりの支障をきたしており、すぐに手術の予定が組まれ、左膝の人工関節置換術を受けました。

右膝も手術対象でしたが、幼少時の大腿骨骨折時に適切な治療を受けていなかったため、右の手術をするとなるとかなり大がかりなものとなることから見送る事になりました。(しました)

約3ヶ月の入院の後、通院を続けていました。しかし、主治医が異動で変更となることと当時、生物学的製剤の治療に積極的だったみどり病院に相談したところ快く受け入れてくださり、診察の結果アクテムラ治療が開始されました。
4週間毎に点滴治療に通い10年以上経過しますが、日常生活動作(ADL)は保たれており畑へも行けています。

さすがに父ができる事は限られており、主には母が畑周りの事をしています。
自分が手をかけられなくても、日々野菜の成長や土の具合など、自分の目で確認することが父の喜びであり楽しみとなっています。

父はリウマチだけでなく前立腺肥大の内服治療も並行して行っていましたが、2021年10月、炎症により自力での排尿が出来なくなり入院し、尿管挿入していないと排尿ができない状態となりました。

尿管を挿入したままの生活レベルの低下は避けられず、また感染もしやすい状態です。アクテムラ治療をしている父にとって感染症はハイリスクです。そのため、泌尿器の専門医を紹介して頂くことになりました。

2021年12月に受診し検査の結果、手術適応で切除することで尿管なしで排尿できる生活に戻れる可能性が高いと説明を受けました。手術するかどうかは、90歳近い高齢である事や基礎疾患などのリスクから正直迷いました。

ですが、医師から詳しい説明があり、本人は「元に戻れるんやったらやってみようか」と手術に前向きであり、家族会議もして、手術を受けようという結論に至りました。手術は下半身麻酔の予定で行い、それが出来なければ全身麻酔へ切り替えるというものでしたが、そこでまた問題が発生しました。脊柱管狭窄症と慢性閉塞性肺疾患です。

検査の結果、下半身麻酔は辛うじて可能であるが、全身麻酔はできないとのこと。つまり、最悪は下半身麻酔ができなければ手術は途中で中止となるというものでした。

前立腺切除術を受けるにあたり、感染予防のため精管結紮せいかんけっさつ(いわゆるパイプカット)も併せて行う方が安心で、精管結紮せいかんけっさつを先にするので下半身麻酔が出来るかの判断もできるということでした。ただ、下半身麻酔とはいえ高齢の為、術後せん妄(脳が軽いパニックを起こしている状態、周囲の状況が飲みこめず混乱している状態)を起こす可能性があります。その時には家族の付き添いが必要であると説明を受け、高齢の母に付き添いをさせるわけにもいかず、私が仕事を休ませてもらって待機することにしました。

入院までは自宅でDIBキャップ(バルーンカテーテルの先端に接続し、キャップの開閉をすると自分自身で排尿することが出来る)を装着することで、日中は尿バッグをつける必要がなく、自宅内でも転倒のリスクも大幅に減るためその指導を受けました。手指や関節の変形が激しい父でも、数回の練習で出来るようになりました。

キャップの開閉は磁石がついているため比較的容易に行うことができますが、尿チューブの先にDIBキャップがついているので、尿をこぼしてしまうことがありました。それでも父は黙々としていました。

トイレで行うには難しかったので、2Lのペットボトルを切ってビニールテープを貼って簡易の尿破棄容器を作ったことで座ってできるようになり、2~3時間毎にキャップの開閉を行なっていました。

夜間には専用のアタッチメントをキャップと尿バッグに刺し込み尿バッグに流れるようにすることで、夜間目覚めず眠れるようになりました。DIBキャップの開閉は容易でしたが、アタッチメントの刺し込みが固く力が入りにくいようで、はじめの数日は私が行き、朝は母に手伝ってもらっていましたが次第に自分でできるようになりました。

そして2月の入院の日を迎えました。コロナ禍のこともあり付添いは1人とのことで、父と私とで病院へ行きました。入院当日の夕方に精管結紮せいかんけっさつ術、3日後の午後に前立腺切除術をうけました。コロナ禍のため、手術前後の手術室の入退室時のみしか父の顔をみることが出来ず会話も、私:「大丈夫?」父:「はぁー」程度でした。

術後夜間せん妄を起こすのではないか、術後の経過は大丈夫か、と不安でしたが、主治医の先生から直接電話があり、術後せん妄も起こさず術後感染も起こさず経過していると教えて頂いたことで不安は払しょくされました。

術後経過も順調とのことで、当初2週間の入院予定でしたが10日で退院することができました。その後、定期的に外来受診し、つい先日その病院での治療は終了しみどり病院へ戻ることになりました。父は排尿回数も減り入院前のように畑へ歩いて行くことが出きています。

父は高齢で基礎疾患も多いため、基本的に積極的治療はしないつもりでいました。
私が小さい時からずっと畑を続けてきた父。

畑まで、健康な私なら歩いて5分程の距離ですが、関節の変形と肺疾患のある父は、杖を使い息切れもするため休憩しながら行くので20分以上はかかります。また急な坂をおりないといけなく、畑へも溝や斜面があることから転倒や転落や肺への負担も大きいため止めさせるべきかと思いますが、畑仕事が唯一の趣味でライフワークとなっているものを止めさせることは私には言えません。父は物静かであまり自己主張をしません。

リウマチで手足の変形や歩行困難があり、肺疾患で少し歩くだけでも「はぁはぁ」と息切れするため、畑仕事を制限するように話したこともありました。車の運転は事故を起こしてからでは遅いと免許証を返納させてからは、息切れしながらでも畑へ行くことをやめませんでした。言葉には出しませんが、この行動が父の意思表示なのだと受け止めました。

ですから、畑へ行って何かが起こったとしても父も家族も後悔ではなく納得できると思っていますし、それが父の生き方なのだと思います。今回は手術を受けて本当によかったと思います。父には1日でも長く今の生活を続けて欲しいと思います。

~さいごに~

みどり病院、訪問看護、近くに住む親せき、隣の畑の方、母に支えられ、父が元の生活に戻れた事に感謝しかありません。また、私が両親の介護と仕事を両立できるのは職場の理解のおかげだと感謝しています。

介護や病気の治療の方向性の決断は”これが正解“というものはありません。
それが故に本当に難しく悩みます。本人、家族の方向性が違えば更に難しくなります。
我が家の場合は、本人は「医療の事はわからない」と決断できずにいました。なので、私が受診に付き添い、主治医の話を聞き、本人や家族に伝えていました。

その上で父本人がどうしたいのかを知り、主治医の見解と私の意見を基に家族が同意する。という流れだったので問題なくすすめることができ後悔もありません。

正解のない問題に直面した時は、自分たちの選んだ道が“正解”なのだと信じています。
今回のこの経験を私の今後の訪問に活かしていけたらと思います。

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