「故郷に帰りたい」~脳腫瘍患者さんへの終末期リハビリテーション~

~Yさんとのエピソード~

Yさんは、北陸地方で一人暮らしをされていましたが、長女さんの住む明石で治療を希望され、入院加療後の2月から長女さん宅で療養されていました。
開頭腫瘍摘出術後に退院されましたが、脳の深い場所に腫瘍が残存している状態で長くは生きられず、今後運動麻痺の進行と認知機能の低下、痙攣のリスクがあることをご家族に伝えられていました。

退院後すぐに、医療保険で訪問診療と訪問看護、訪問リハビリ、介護保険で訪問介護、訪問入浴が導入されました。
退院当初から身の回りの動作に介助が必要だった為、日中一人で介護されていた長女さんの負担を少しでも減らせるように住環境整備を行い、福祉用具を活用し負担の少ない体位変換、移乗方法を提案し動作訓練を行いました。
それにより介助量は軽減し、ご家族全員が帰宅する夜は車椅子で一緒に過ごせるようになりました。
日中はベッド上で過ごす時間が長かった為、何かしてもらえることはないかと考え、Yさんが好きなお花の大人の塗り絵をしてもらいました。
認知機能障害に良い影響があればとの思いもあり始めたのですが、最初は青一色の独創的な色使いだったお花が何枚か塗ってもらうと色使いが落ち着き、そのお花らしい色使いとなり感激したことを覚えています。
Yさんは本当は塗り絵はあまり気が乗らなかったことを後になって知ったのですが…。

~全員一丸で叶えた夢~

「いつか故郷に帰りたい。」それが入院してからのYさんの夢でした。
そして、ご家族も「5月の連休になったら帰ろうと言っている。」と話して下さいました。
退院して家での生活にも少し慣れてきたところで、「故郷に帰省する」という目標を立て、その為にまずはリハビリで外出訓練を試すことにしました。
しかし、Yさんが外に出る為には大きな壁があったのです。
長女さんの住むマンションのエレベーターは各階には止まりません。
そして、長女さんの住む階にはエレベーターが止まらなかったのです!
エレベーターに乗るには、14段の回り階段を車椅子を介助して昇降しなくてはいけませんでした。
大柄なYさんと車椅子の重さを合わせると80kg近くあります。
私と華奢な娘さん二人で階段を移動することは難しく、看護師に介助の手伝いを依頼すると快く引き受けてくれました。
そこから外出訓練に向け、看護師と私で車椅子を介助して階段を昇降する特訓が始まりました。
リスクのある移動でしたので、まずはシミュレーションからです。
Yさん役は勿論大柄なスタッフに依頼しました。
何度かシミュレーションを行い、車椅子の階段昇降に慣れてきたところで実際にYさんに乗っていただきました。
こうして4人介助で声を掛け合いながら階段を下り、退院後初めての散歩が実現できました。
草花が好きなYさんは、マンションの庭園を見て微笑んでいました。
その表情を見て疲れも一気に吹き飛びました。
何度か外出訓練を行い、桜の咲く頃にはご家族と一緒にお花見を楽しむことができました。
その日のことは今でも私の思い出として残っています。
ご家族でも外出が可能となり、故郷に帰省する計画が本格化してきました。
しかし、ここでも課題は山積みでした。

  • 途中で体調が悪くなったらどうしよう?
  • →主治医に相談し、想定できる症状に応じた頓服薬を持参して頂くことにしました。
    また、途中で病院を受診しても困らないよう診療情報の手紙を書いていただきました。

  • 道中で温泉に泊まりたいがお風呂に入れるか?
  • →シャワーチェアーを貸出し、車椅子からシャワーチェアーに移乗する方法をご家族に説明させてもらいました。
    旅先では無事に入浴することができたと嬉しい報告をいただきました。

  • 車道から自宅までは斜めのジグザグの坂道で石段もあり、車椅子で移動するのは難しいのではないか?
  • →地元の社会福祉協議会から担架を借りることができました。
    娘婿さんは介護用のおんぶ紐を購入され、6階から往復してみたとの話を聞き、熱い想いが伝わってきました。
    私たちも実際に見て体験して注意点を説明させてもらいました。

  • 数日間自宅でどうやって過ごしてもらおうか?
  • →ケアマネジャー、故郷に住む次女さんが中心となり、帰省先で福祉用具(ベッド、サイドテーブル、床ずれ防止用具)を借りることができました。
    次女さんは、3時間以上もかかる長女さん宅にも度々来られ一緒に介護されており、お母さんに対する気持ちがとても伝わってきました。

    これは、私達が娘さんから相談を受けた一部ですが、これ以外にも沢山の不安があったと思います。
    しかし、一つ一つ解決され、Yさんはご家族と一緒に故郷へ帰省する夢を叶えました。
    無事に明石へ帰宅後、2ヶ月後にご家族に見守られYさんは息を引き取られました。
    後に「また故郷に帰りたい」というYさんの思いを叶える為、ご家族が葬儀会社に相談し、亡骸は故郷に搬送され、最期はご家族やお付き合いしていた親友やご近所の方々に見送られたと聞きました。

    ~終末期リハビリテーションとQOL~

    「QOL」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
    QOLとはクオリティ・オブ・ライフの略語で、日本語では「生活の質」「人生の質」などと訳され、「生きがい」や「満足度」という意味が含まれます。
    病気の進行や治療の副作用などによって患者さんは以前と同じようには生活できなくなることがあります。
    QOLは、このような変化の中で患者さんが自分らしく納得のいく生活の質の維持を目指すという考え方です。

    回復期、維持期のリハビリでは、身体機能やADL(日常生活活動)の維持、改善を目標にすることが多いのですが、終末期においてはADLの低下は避けられません。
    その中で、可能な限りQOLを保つことが求められています。
    「よくならないのにリハビリする必要があるの?」と疑問を持つ方もいるかもしれません。
    しかし、体の可動域が減ってしまうことで関節の痛みや床ずれなどによる新たな苦痛を伴うこともあります。
    新たな苦痛を防ぎ今ある苦痛を最小限に抑えることが終末期リハビリテーションの果たす役割でもあると思います。
    終末期リハビリでは、患者さんのQOLを引き上げることで「最後まで生きる力を持ち続ける」という効果も期待できるのではないかと思います。
    そして、リハビリが1日でも長く笑顔で日々を過ごせるきっかけになればいいなぁと感じています。

    ~最後に~

    Yさんとの関わりでは、“ご本人の思いを叶えてあげたいというご家族の強い気持ち”に心を打たれ、関わる専門職がそれぞれの知識や経験を活かしながら一つ一つ目の前の課題を解決しました。
    そして、みんなが目標に向かって力を合わせれば、患者さんの願いを叶える大きな力になるということを実感しました。
    私達みどり訪問看護ステーションは、これからもその方が大切にしてきたことを尊重しながらその方が望む生活を実現できるよう、一人一人の患者さんに寄り添って関わっていきたいと思います。