抗がん剤の曝露対策を追え!!安全な職場環境にするぞ!シリーズ②

今回は、前回の「抗がん剤の曝露対策を追え!!安全な職場環境にするぞ!シリーズ①」(2021.5.14UP)の続編になります。 シリーズ①の内容を思い出すために、まずはおさらいです。

1.閉鎖式薬物輸送システム(CSTD)とは〜前回のおさらい〜

抗癌剤などのHazardous Drugs(危険薬)の曝露対策では、ヒエラルキーコントロール(表1)の考え方の中で「除去」「置換」の次に、「エンジニアリングコントロール」による曝露源の封じ込め、すなわち抗癌剤を封じ込めて人を危険から隔離することが有効な手段となります。

[表1]ヒエラルキーコントロールの考え方

具体的には、抗癌剤の調製において安全キャビネット又はアイソレーターの使用のほか、調製・投与の両方に閉鎖式薬物輸送システム(CSTD)の器具を使用することが有用であるとされています。当院では調製で安全キャビネットを使用しているものの、CSTDは未導入でした。
そこで、シリーズ①では、当院にCSTDを導入することを目標とし、各社製品の特徴とその比較方法を検討して、株式会社JMSの「ネオシールド」を選定するまでの流れを概説しました。
シリーズ②では、CSTDの選定と併行して進めた導入承認までのプロセスとその後の運用開始までの過程を紹介します。

2.CSTD導入承認までの流れ〜様々な方に支えられながら〜

(1)文献探し

薬局長と協議の上、まずは院内で化学療法を行っている医師にCSTDを導入したい旨を相談しました。医師からは文献資料収集の指示を受け、PubMedを中心に情報収集しました。

集まった文献の中から、個人防護具や安全キャビネット、CSTDを使用しなかった場合の健康被害、曝露量に関する有力な文献を選別し、内容の評価を行いました。ここで苦戦したことが、調査の前提条件(調査場所、対象者、調査方法など)や解析結果、結論が文献から十分に読み取れないことです。これは調査の前提条件を統一できないことに起因すると思われます。

例えば、生殖被害の調査に関しては横断的なアンケートを行っているため、相関性に欠けていました。曝露量の調査に関しても、どの程度の規模の医療機関で、どの程度の化学療法の件数を取り扱っているか、対象者の関与時間はどの程度であったか、個人防護具として何か身に付けていたか等の詳細は不明な場合が多くありました。

その中でも理解しやすい文献を選定しました。簡単ですが要約を紹介します。まず投与側の曝露に関する論文です。これらは抗癌剤の曝露に関するガイドラインである「がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン 2015年版」の発刊に使用されたものです。

[文献①]

<論文名>
“Occupational exposures among nurses and risk of spontaneous abortion. ”
Am J Obstet Gynecol. 2012 Apr;206(4):327.e1-8. PMID: 22304790
<対象薬剤>
シクロホスファミド、5-FU、エトポシド
<要約>
米国において行われた調査(Nurses’Health Study Ⅱ)によると、看護師の職業性曝露の解析対象となった7,492例中、自然流産が775件認められた。これは、抗がん剤曝露がない環境と比較し、自然流産リスクが2倍になるという結果であった。

[文献②]

<論文名>
“Nurses with Dermal Exposure to Antineoplastic Drugs: Reproductive Outcomes.”
Epidemiology. 2007 Jan;18(1):112-9. PMID: 17099323
<対象薬剤>
シクロホスファミド
<要約>
Hazardous Drugsに高度に曝露した看護師は、曝露していない看護師よりも妊娠までの期間が長かった。皮膚曝露によって、早産、低出生体重、催奇形性の妊娠出産にかかわる健康被害と、抗がん剤の量的な相関性が認められた。

次に、調製時に個人防護具を身に付け、安全キャビネットを使用した環境、つまりCSTD導入前の当院の環境と類似する事例を探しました。次の文献は調製側の曝露に関する論文です。

[文献③]

<論文名>
“Reduction in surface contamination with antineoplastic drugs in 22 hospital pharmacies in the US following implementation of a closed-system drug transfer device.”
J Oncol Pharm Pract. 2011 Mar; 17(1): 39–48. PMID: 20156932
<対象薬剤>
シクロホスファミド:95%減少
イフォスファミド:90%減少
5-FU:65%減少
<要約>
米国内の22の病院において行われた調査によると、安全キャビネット、個人防護具などの標準的な曝露対策に加え、CSTD(ファシール®)を使用すると、調製環境における表面汚染が大幅減少した。

こうして投与側、調製側の両方でCSTDを使用した場合のメリットが分かり、文献探しは一旦幕を閉じました。各CSTD販売メーカーからも資料を頂きましたが、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社作成の資料は、CSTDに関するカテゴリー毎に文献名がまとめられており、非常に参考になりました。当該資料は同社に請求することで提供してもらうことができます。文献の翻訳は自分で頑張るしかないのですが、有力な文献名が分かるだけでも時短に繋がると思います。
資料名称「BD PhaSealTM System Referrence List」
提供「日本ベクトン・ディッキンソン株式会社」

(2)薬剤科内での情報共有

文献整理後に薬剤科のメンバーにこれまでの経緯を説明し、CSTDに関する基礎知識についての認識を共有しました。事前に膨大な資料をまとめる負担はありましたが、後々、様々な場面でアドバイスをもらうことができるようになり有用なプロセスでした。

(3)医療安全管理対策委員会との調整

次に院内のコンセンサス形成のため、医療安全管理対策委員会との調整を進めました。医療安全管理対策委員会では、委員の医師、看護師長に非常に興味を持っていただき、様々な質問を頂戴しました。このため、医療安全管理対策委員会で曝露対策の勉強会を開催するための準備を開始していましたが、導入スケジュールを優先するため、この勉強会は省略され、医局会の議題として持ち込まれました。

(4)医局会での調整

院内で化学療法を行っている医師にCSTDの導入について医局会で公表していただき、CSTDの導入許可を得ることができました。

(5)事務長の承認

何事もなく、あれよ、あれよという間に承認されました。

3.機種詳細の決定

シリーズ①で導入を決めた「ネオシールド®」にはいくつかの機種がありますが、当院で選定した製品を紹介します。

①バイアルに取り付けるCSTDの種類
「トランスファー」、「マルチスパイク(空気孔なし)」、「マルチスパイク(空気孔あり)」の3種類があります。当院では2020年時点で最新の「マルチスパイク(空気孔あり)」を選定しました。

[図1]バイアルに取り付けるCSTD(ネオシールド)の種類

②シリンジや輸液バッグに取り付けるCSTD
1種類のみのため、選定の必要はありません。

③投与ルート
様々な種類が発売されています。当院では側管からの注入口があるタイプで、一番経済的で操作も簡単な下記の製品をいくつか選定しました。
・「ダブルラインのフィルター入り」
・「ダブルラインのフィルター無し」
・「側注入ライン」

4.操作研修

初めて扱う器具のため、薬剤科及び病棟看護師への操作研修が必要です。操作研修はメーカーに依頼して実施していただきました。

5.マニュアル整備

調製側は操作手順書をメーカーから入手し、運用開始までに改めて手順の確認を行いました。投与側についてはメーカーにレジュメ毎の投与図を作成していただきました。従来と比べて患者さんへの投与経路が把握しやすくなり、操作も図式化したことで間違わずに行うことができました。

[図2]投与図

6.運用開始&感想

現在までのところ、大きな問題なくCSTDを用いて化学療法が実行されています。今後は投与図の管理方法、各レジュメの修正、ミキシング手順書の変更、安全キャビネットの室内外への空調設備の整備など、改善すべきことは多々あります。しかし、何よりも今できる限りの曝露対策が正しくできているため、そのことがもたらす安心感はスタッフや患者さん、その家族にとって非常に重要であると考えられます。

シリーズ①で紹介しましたが、海外では看護師の曝露対策が特に懸念されています。そういう意味で今回、薬剤師が行う調製側だけではなく看護師が行う投与側にもCSTDを導入できたことはとても良かったです。

当院は化学療法の件数が少ないため、費用対効果の課題や操作変更に伴うスタッフの負担があったと思いますが、今回の取組で安全な職場環境にすべきというスタッフの団結力を感じました。この場をお借りして、改めてご協力いただいた方々に深く感謝を申し上げます。

私個人としては、院内に新たな機器を導入する経験を一からすることができ、スタッフ間の繋がりの大切さを勉強することができて良かったです。今後もCSTDは改良品が続々と世の中に出てくると思うので、現状に甘んじることなく情報収集は続けていきたいです。
シリーズ①、②と長文にわたり、最後まで読んでいただきありがとうございました。