消化性潰瘍の話5 ピロリ以外の消化性潰瘍とGERDについて

薬剤科

潰瘍の原因のほとんどはH.pylori感染か、非ステロイド性抗炎症薬(Non-steroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)あるいは低用量アスピリン(Low-dose asprin:LDA)の服用によるものです。稀にその他の原因による潰瘍もあります。

H.pyloriについては前回お話しましたね。(消化性潰瘍の話その4~2023.03.17)今回はH.pylori以外の潰瘍とその原因についてのお話です。また、プロトンポンプ阻害薬(Proton Pump Inhibitor:PPI)やH2ブロッカーを用いる酸関連疾患として胃食道逆流症についても少し触れます。

■NSAIDs潰瘍 ~原因薬であるNSAIDsの中止が最優先~

最近、日本ではH.pylori感染率の低下に伴い、NSAIDs潰瘍の割合が高くなってきています。
NSAIDsは酵素シクロオキシゲナーゼ(COX)抑制作用を介して、炎症性物質であるプロスタグランジンの合成を低下させることによって炎症反応を抑制する薬です。しかし、胃粘膜保護作用のあるプロスタグランジンのPGE2 やPGI2の合成も阻害するため、胃の粘膜障害を起こします。また、内服薬のNSAIDsは直接的に粘膜を傷つけます。

治療ではまず原因薬剤であるNSAIDsの中止が最優先です。大半はそれだけで潰瘍は治癒します。状況に応じてH2ブロッカーなどを投与します。NSAIDsの中止がどうしても不可能な場合は第一選択としてPPIを投与します。内服できない患者さんに対してはオメプラゾールの注射をすることもあります。ボノプラザンは「消化性潰瘍ガイドライン2020」においてはエビデンス蓄積不足により第一選択薬には指定されていませんが、将来的には第一選択になる可能性はあります。PGE1を補充するミソプロストールも効果があります。

図1 アラキドン酸カスケード

■低用量アスピリン(LDA)潰瘍 ~アスピリンはなるべく中止しない~

古来より、柳の皮には鎮痛・解熱作用があることがわかっていました。柳に含まれる薬効成分を改良したものがアセチルサリチル酸、別名アスピリンです。COX阻害により鎮痛を示す、いわゆるNSAIDsのご先祖様である薬です。NSAIDsと同じくCOX阻害作用と直接粘膜障害作用によって胃粘膜障害を起こします。

他のNSAIDsはCOXを可逆的に阻害するのに対し、アスピリンは不可逆的に阻害すること、血小板が持つCOXに高い親和性を持ち、血液凝固因子であるTXA2生成抑制作用が強いことが特徴です。低用量アスピリンはTXA2低下により血小板凝集抑制作用を示します。

元々は鎮痛薬として発明されたわけですが、その作用は後から改良されたNSAIDsのほうが優れています。昨今は低用量で抗血小板薬として使用されることがほとんどです。心血管イベントの発生を抑制しますが、消化管出血のリスクを上げます。

NSAIDs潰瘍の場合はまず薬の中止が第一選択ですが、LDA潰瘍の場合、アスピリン中止によって血栓ができて死亡する危険性のほうが重視されます。「消化性潰瘍ガイドライン2020」でも、「可能な限り休薬せずにPPIで治療することを勧められる(推奨の強さ:強 エビデンスレベル:A)」としています。(推奨度とエビデンスレベルについては消化性潰瘍の話その4~2023.03.17を参照)

■その他の原因による消化性潰瘍 ~薬、病気などなど~

頻度は低いもののその他の原因による消化性潰瘍があります。

Zollinger-Ellison症候群:膵臓または十二指腸のガストリン産出細胞が腫瘍化し、それによってガストリン値が高値になり、異常に胃酸が分泌される病気です。対症療法としてはPPIを用います。転移がなければ腫瘍の外科的切除を行います。転移例には化学療法を行います。

クローン病:別名炎症性腸疾患。原因不明の難病です。人によっては大腸小腸だけでなくその他の消化器官にも潰瘍を発症することがあります。ステロイド、免疫抑制剤などの治療を行います。

門脈圧亢進症:肝硬変などに伴い、肝臓に流入する血管である門脈の圧力が異常に亢進する病気です。門脈を介して心臓へとうまく血液を送ることができず、別の経路を迂回します。食道静脈瘤や胃静脈瘤を形成し、これが破れて出血を起こすことがあります。時に命にかかわります。出血の予防には非選択性βブロッカーや一硝酸イソソルビドが有効です。

ビスホスホネート剤、特にアレンドロン酸(ボナロン®、フォサマック®):骨粗鬆症治療薬の一種で、骨が分解されるのを防ぐ薬です。この薬が粘膜と接触すると、直接粘膜障害を引き起こします。NSAIDsとビスホスホネートを併用すると、NSAIDs単独投与の時より粘膜障害のリスクが上がることがわかっています。予防のためには添付文書通りに起床後空腹時に水と一緒に服用し、服用後30分は横にならないようにします。また、薬が消化管粘膜に触れなければ良いので、注射薬のビスホスホネートに切り替えることも有効です。

ステロイド:ステロイドはプロスタグランジン合成を抑制します。ただし、動物実験において生理的量のステロイドはむしろ予防的に働きます。人間でも、ステロイドは単独投与では消化性潰瘍のリスクにならないことがわかっています。しかし、NSAIDsとの併用ではNSAIDs単独の場合よりリスクが上昇します。リウマチ患者さんなどは併用していることが多いので注意が必要です。NSAIDs潰瘍に準じた治療法が行われています。

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors:SSRI):上部消化管出血のリスクを増すという報告があります。セロトニンには血小板凝集作用があり、SSRIによって血小板内のセロトニン濃度が下がって働きが落ちるとされます。抗血小板薬やNSAIDsとの併用によって出血リスクが増します。また、直接的に消化管粘膜障害を起こす可能性も示唆されています。

そのほか、H.pylori以外の感染やストレスなど、様々な因子が消化性潰瘍の原因になります。「消化性潰瘍ガイドライン2020」によると、非H.pylori・非NSAIDs潰瘍の初期治療にはPPIを選択するよう提案する(推奨の強さ:弱 エビデンスレベル:C)となっていますが、潰瘍と比べると治癒率は低く、難治性の場合には課題が残ります。

■胃食道逆流症(gastroesophageal reflex disease: GERD) ~食道癌の原因にもなる~

もうひとつ、胃酸が関係する病気として、胃酸が食道に逆流するGERDについても触れておきます。

食道と胃の接合部には下部食道括約筋(lower esophageal sphincter:LES)という筋肉があります。これが常時一定の圧を保つことにより、胃の内容物の逆流を防いでいます。この筋肉が食道裂孔ヘルニア、大食、脂肪食、背骨の変形などによりうまく機能しなくなると、胃の内容物が逆流しGERDの原因になります。LES圧低下以外にも強皮症などによる食道の蠕動運動低下、胃酸分泌過多、唾液分泌低下なども関与します。
内視鏡でびらんや潰瘍が認められれば逆流性食道炎、認められなければ非びらん性胃食道逆流症(Non-erotive reflex disease:NERD)と分類されます。

通常、食道の細胞は扁平上皮という細胞なのですが、GERDによって胃酸にさらされ続けると、胃の表面と同じ円柱上皮細胞に置き換わります。これをBarret食道といいます。Barret食道は食道腺癌の発生母地となります。GERDの治療はPPIあるいはボノプラザンが第1選択です。重症例ではボノプラザンが推奨されます。ただし、現時点でボノプラザンにNERDの適応はないことには注意してください。

図2 GERD

■まとめ

消化性潰瘍の主な原因は、H.pyloriによるものの他、NSAIDsやLDAによるものがあります。NSAIDs潰瘍はまずNSAIDsを中止しますが、LDA潰瘍の場合は可能な限りアスピリンを中止せずにPPIで治療を行います。
消化性潰瘍以外にも胃酸が関係する病気として、胃酸が食道に逆流するGERDという病気があります。これも主にPPIで治療します。

さて、ここまでは、消化性潰瘍とその薬についてのお話をしてきました。次回は第1回(消化性潰瘍の話その1~胃酸の分泌と濃度のメカニズム2022.05.13)の最初に少し触れた、消化性潰瘍治療薬の使い分けについてのお話になります。どうぞお楽しみに。

参考文献
消化性潰瘍診療ガイドライン2020 改訂第3版
胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021 改訂第3版
肝硬変診療ガイドライン2020 改訂第3版
病気がみえるvol.1
薬がみえるvol.2, vol.3
月刊薬事 2018 Vol.60 No.6 危険なサインを見逃さない!いま知っておきたい薬剤性消化管障害
ぜんぶわかる消化器の事典
MSDマニュアルプロフェッショナル版
図説 医学の歴史