世界的に有名なメイヨー・クリニックからの報告では(Lancet. 2018 Mar 10;391(10124):960-969.)、僧帽弁逆流症の有病率と診断後の臨床転帰を調べたコホート研究で、成人の僧帽弁逆流の有病率は0.59%で、診断された後にそのまま経過観察され適切な治療を受けない場合が少なからずあり一般住民に比べ心不全と死亡のリスクが高かったとされています。
近年はTAVIなどをはじめとして低侵襲治療が発達し治療の選択肢が増えています。しかしながら様々な理由から診断に至っていない患者さんも多く、症状が出現し重症化してから診断され治療のタイミングを逸するケースも少なからずあります。
Lancet. 2018 Mar 10;391(10124):960-969. doi: 10.1016/S0140-6736(18)30473-2.
Outcome and undertreatment of mitral regurgitation: a community cohort study.
Dziadzko V, et al
(論文概要)
メイヨー・クリニックの調査では2000年1月1日~2010年12月31日の10年間にドプラ心エコー検査により中等度~重度の孤立性僧帽弁閉鎖不全症と1,294例が診断された。
診断時の年齢中央値は77歳、男性が47%、一次性僧帽弁閉鎖不全症は44%であった。有病率は0.46%(95%信頼区間[CI]:0.42~0.49)、成人の有病率は0.59%(0.54~0.64)であった。
診断後は心不全の頻度が高く、5年時には64%で発生しており、LVEF≧50%の患者でも49%に認められた。
診断後の死亡の原因は主に心血管疾患で、死因が判明していた患者の51%(420/824例)を占めており、これは郡の住民の年齢や性別から予測された割合よりも高かった。
僧帽弁手術は、最終的に15%(198/1,294例)にしか行われておらず、主な手術法は弁形成術(149例、75%)であり、弁置換術(49例、25%)は少なかった。僧帽弁手術は、LVEF<50%の患者では5%(28/538例)、≧50%の患者では22%(170/756例)に施行され、僧帽弁手術以外の心臓手術を受けた患者はすべてを合わせても18%(237例)であり、僧帽弁手術を受けた患者(15%)に比べて3%しか多くなかった。
孤発性僧帽弁逆流患者は地域住民の中に少なからず存在し、EFが正常範囲で合併症がなくても、診断後の心不全や過剰死亡率と関連していた。転機不良にも関わらず、手術を受けた患者は少数であり、過少治療が示唆されたと結論している。
AS、MR、つぎはTR?
急速に増加する弁膜症を防ぎ心不全パンデミックに備える!
心不全患者は過去20年間において急増しており、「心不全パンデミック」と言われています。
参考記事:”心不全パンデミック”ってなに?~広報誌「みどりの風」Vol.32~
厚生労働省が発表している人口動態統計によると、2018年の時点で循環器疾患による死因の第一位は心不全でした。急性心筋梗塞や脳梗塞による死亡者数が減少しているのに対して、心不全による死亡者数は20年間で2倍近くに急増しています。
急性心筋梗塞、脳梗塞による死亡者数減少の一因として治療デバイスの進歩が挙げられます。心筋梗塞に対しては冠動脈ステントの開発と薬剤溶出ステントの進歩があり、脳梗塞についてはtPAによる血栓溶解療法や血栓回収療法デバイスの出現が挙げられます。
では心不全についてはどうでしょうか。心不全の死亡者数は増加を続けています。死亡者数の増加には、心不全患者数自体の増加があります。心不全患者は2005年では約100万人でしたが2030年には約130万人に達すると予想されています。(Circ J 2008; 72: 489 – 491)
心不全患者急増の背景の一つに高齢化があります。心不全の原因疾患は心筋梗塞や心筋症などの心筋障害、心臓弁膜症や高血圧などの心臓機能障害、心房細動などの不整脈による血行動態悪化など数多くあります。
高齢化によってこういった合併症を併存する患者さんが心不全に至ると考えられます。
治療については薬物療法が可能な患者さんでは新しい心不全治療薬の開発により心不全コントロールが以前と比べて改善してきました。ただし前述のメイヨー・クリニックからの報告にあるように、心臓弁膜症患者さんについては薬物治療を十分にされていない、もしくは適切なタイミングで外科手術を行われていない場合の転帰は不良で心不全の増加の一因と考えられます。
また最近の報告では、僧帽弁疾患は元より三尖弁疾患や心房細動などの不整脈と、心臓弁膜症に起因する心不全の関連が示唆されています。三尖弁は「Forgotten valve」(忘れられた弁)と言われるように、症状が現れにくいとされてきました。しかしながら最近では心不全と三尖弁疾患、右室機能が心不全の予後に影響を与えるという報告があります。当院では僧帽弁のみではなく三尖弁についても重要視しており、心エコー図検査での右室機能評価などを行い、三尖弁形成術を実施しております。さらに術後においても経時的にフォローを行い術後の機能改善についても評価を行っております。
神戸西区から世界標準の心臓弁膜症治療を
〜最善のために内科外科の垣根を超えるみどり病院ハートチーム〜
当院では心臓弁膜症に対して、豊富な経験を持つ循環器内科医、心臓外科医を中心に心臓エコー検査技師、臨床工学技士、リハビリテーション科、看護師のそれぞれの視点から患者さんお一人お一人に相応しい治療方針を検討し、至適手術時期、手術方法を決定しています。
日常診療におかれまして、少し気になる心雑音をお持ちの患者さんや、重症度についてご懸念のある患者さんがいらっしゃいましたら、年齢にかかわらず是非とも心臓弁膜症センターにお任せください。
当センターにご紹介いただいた患者さんの多くは、かかりつけ医の先生方の診察で心雑音を聴取され、弁膜症を疑われて当センターにご紹介いただいています。
心雑音を聴取する患者さんに対しては、身体所見や聴診、心エコー図検査はもちろんのこと、最近ではあまりお目にかかることも少なくなっております心音図検査を行うことで他覚的、視覚的に弁膜症の評価を行っています。
心臓弁膜症センターとして、日頃の先生方の診療でのお役に立てていただけましたら幸いです。
地域の垣根を超えたONE TEAM体制で弁膜症患者を救うために
~県内外どこからでも心臓弁膜症治療のONE TEAMに歓迎します~
当センターでは定期的にオープンカンファレンスを行っています。院外からの先生方にも多数ご参加いただき、ご紹介いただいた患者さんの中で、日常診療のお役に立てるような所見をお持ちの患者さんや、特に手術に至った症例についての検査から手術までのケースプレゼンテーションを行っています。
また遠方の先生方や初めて当センターのWebサイトをご覧になられた先生方におかれましては、メール、web面談、画像郵送、いつでもお気軽にご相談ください。もちろん内科の先生方のみではなく、眼科、皮膚科など他科の先生方におかれましても日常診療で気になる患者さんがいらっしゃいましたら当センターに直接ご相談ください。地域、専門科の垣根を超えたONE TEAMにご参加お待ちしております。
岡田行功
1987年より神戸市立医療センター中央市民病院にて僧帽弁形成術を開始。
2011年 僧帽弁形成術、計1000症例を実施。
2013年4月 みどり病院着任。同年7月から心臓弁膜症センターを立ち上げ現在に至る。
日本心臓病学会評議員
前日本心臓弁膜症学会代表世話人